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1 事例
X弁護士は、横領事件で被疑者であるYの弁護人として選任された。
このYには、同種事件の余罪があり、その件についても既に捜査が開始されていた。
捜査機関はYの親族に対し、余罪についての証拠となるようなものの任意提出を求め、提出しない場合には強制捜査を行う旨を告げたが、Yの親族はこれを提出しなかった。
証拠物の扱いに困ったYの親族は、Xに相談を行い、Xは証拠物を自らのところに送るよう指示した。
そして、Xはこの証拠物を、Yの承諾なく捜査機関に提出した。
(日弁連綱紀委員会平成24年8月28日議決事案を改変したもの。実際には証拠物提出の承諾の有無に争いがあり、原弁護士会は事前の同意があったことが推認されるとしていた。)
2 判断
(1)原弁護士会
Yからの懲戒請求に対し、単位会は以下の通り判断しました。
「(中略)一方弁護人としては全方位に目配りしながら弁護活動に当たらねばならない。
弁護人であっても、刑事訴訟法の基本理念でもある真実発見に目をつぶる事は許されない。
更に、被疑者と関係を有する者についても、弁護人の認知する限り法令違背なきよう配慮しなければならない。ところで、本件業務上横領事件〔事例でいう余罪事件のこと〕については、前記の通り既に捜査が開始されていたこと、警察は本件証拠物の所在を認知し提出を求めていたこと等を考慮すると、弁護人といえどもこのような事実を認識しながら証拠物を保持したままこれを捜査機関に提出しないことは証拠隠滅罪にも問われかねない事態になること、本件証拠物を受領した弁護人としても真実発見という基本理念に目をつぶるべきではないこと、証拠物の提出は請求人の情状にも資することなどを総合的に考慮すれば(中略)弁護士としての判断で任意提出していたとしても、そのことで弁護士法の言う品位を失うべき非行には該当しないというべきである。」
(2)日弁連綱紀委員会の判断
原弁護士会の判断に対して、Yが異議申出を行い、事案は日弁連綱紀委員会に係属しましたが、綱紀委員会は以下の理由で、原弁護士会懲戒委員会に事案の審査を認めることを相当としました。
「刑事弁護人たるXは、「積極的真実義務」を課せられているものではないのであるから、仮に、自身の依頼者であるYの余罪の証拠である本件証拠物の所在を覚知したとしても、その事実を捜査機関に通報する義務はないし、ましてやその証拠物を自身に送付させ入手したうえで捜査機関に任意提出しなければならない義務のないことは明らかである。Xが、積極的に本件証拠物を入手して、Yの同意を得ないで、これを捜査機関に提出した行為は、明らかにXの正当な防御権を侵害する行為であり、刑事弁護人に求められる、被疑者及び被告人の権利及び利益を擁護するため最善の弁護活動に努める、という基本的誠実義務に著しく反する行為と言わざるを得ない。」
3 解説
弁護人が守秘義務を負い、捜査機関に対して証拠物を提出する義務がないことは明らかなところです。
ただ、依頼者(被疑者)が余罪を認めているような場合には、早めに進んで証拠を提出し、追加の身体拘束を回避したり、公判出の情状を良くするということは、弁護活動として考えられないも野であるとは言えません。
そのため、この証拠を提出すべきかどうかという点が問題となるところですが、いずれにせよ依頼者の同意を明確にする必要があります。
仮に依頼者に有利である面があるとしても、前述の通り守秘義務を負っていますから、勝手に提出することは許されないと考えるべきでしょう。