【事例】
X弁護士は、ある交通事件の加害者側弁護を引き受け、その事件は公判請求の後執行猶予付き判決となりました。
その後、被告人であったAから、民事の方の損害賠償請求が被害者側から来ているとのことで、その事件も受任して欲しいとの依頼があったため、別途委任契約を締結し、民事訴訟も担当することとなりました。
訴訟の中では過失割合及び傷害結果に対する因果関係が問題となりましたが、これらの問題点は既に刑事裁判の中でも問題となっていました。
X弁護士としては、捜査の過程で警察が作成し、刑事事件の公判で証拠請求された甲号証の一部が有利になると考えたため、刑事裁判の際に謄写した書証を民事裁判に提出しました。
このような行為は問題とならないのでしょうか。
【解説】
刑事事件の公判に際して謄写した記録についての規定は、刑事訴訟法にあります。
被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供してはならない。
一 当該被告事件の審理その他の当該被告事件に係る裁判のための審理
二 当該被告事件に関する次に掲げる手続
イ 第一編第十六章の規定による費用の補償の手続
ロ 第三百四十九条第一項の請求があつた場合の手続
ハ 第三百五十条の請求があつた場合の手続
ニ 上訴権回復の請求の手続
ホ 再審の請求の手続
ヘ 非常上告の手続
ト 第五百条第一項の申立ての手続
チ 第五百二条の申立ての手続
リ 刑事補償法の規定による補償の請求の手続
と定めています。
この定めの中に民事訴訟は含まれていません。そのため、民事裁判で刑事事件の際に謄写した証拠をそのまま請求することは、この刑事訴訟法の規定に違反する違法行為となります。
実際このような証拠請求をして、懲戒処分となったケースもあります。
それでは、このように刑事裁判の証拠が使用したい場合にはどのようにすればよいのでしょうか。
方法としては、弁護士法23条の2による照会を行ったり、刑事確定訴訟記録法に基づく請求をする、民事の受訴裁判所からの送付嘱託を検討するなどが考えられます。なお、不起訴記録であっても23条照会等で開示されることがあるようです。
刑事事件の証拠は、法律の規定によらない限り外部への流出が予定されていないものです。昨今、取調べ状況に対する国賠訴訟において、取調べの録音録画影像の取扱いが問題となりました。弁護側が既に保有しているのに民事裁判に提出できないという歯がゆい取扱いではありますが、現在の規定上はやむを得ないところです。
刑事事件の記録は慎重に取り扱いましょう。