保険医の登録取消し

1 保険医制度

現在、自由診療等以外の一般的な診療であれば、健康保険証を提示することにより医療費の負担額が3割などとなり、患者は全額を負担しなくてよい仕組みが採用されています。

しかし、この制度が適用されるためには、保険医療機関で保険医から診療を受ける必要があります。

2 保険医の登録

健康保険法64条によると、「保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師若しくは歯科医師又は保険薬局において健康保険の調剤に従事する薬剤師は、厚生労働大臣の登録を受けた医師若しくは歯科医師(以下「保険医」と総称する。)又は薬剤師(以下「保険薬剤師」という。)でなければならない。」とされています。

そして、この登録については、同法71条1項により「第六十四条の登録は、医師若しくは歯科医師又は薬剤師の申請により行う。」とされています。実際には地区の厚生局に申請を行うという方式で登録を行います。

3 保険医登録の取消し

保険医登録の取消し

しかし、保険医登録が取り消されてしまう場合もあります。健康保険法81条には、以下のような場合に取り消すことがある旨を定めています。

 保険医又は保険薬剤師が、第七十二条第一項(第八十五条第九項、第八十五条の二第五項、第八十六条第四項、第百十条第七項及び第百四十九条において準用する場合を含む。)の規定に違反したとき。

 保険医又は保険薬剤師が、第七十八条第一項(第八十五条第九項、第八十五条の二第五項、第八十六条第四項、第百十条第七項及び第百四十九条において準用する場合を含む。以下この号において同じ。)の規定により出頭を求められてこれに応ぜず、第七十八条第一項の規定による質問に対して答弁せず、若しくは虚偽の答弁をし、又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。

 この法律以外の医療保険各法又は高齢者の医療の確保に関する法律による診療又は調剤に関し、前二号のいずれかに相当する事由があったとき。

 保険医又は保険薬剤師が、この法律その他国民の保健医療に関する法律で政令で定めるものの規定により罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者に該当するに至ったとき。

 保険医又は保険薬剤師が、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者に該当するに至ったとき。

 前各号に掲げる場合のほか、保険医又は保険薬剤師が、この法律その他国民の保健医療に関する法律で政令で定めるもの又はこれらの法律に基づく命令若しくは処分に違反したとき。

⑴ 1号

1号は、厚生労働省令に基づく保険診療の義務付けに違反した場合を指します。

⑵ 2号

2号は、保険伊藤が療養の給付に関して厚生労働大臣(厚生局)から報告等を求められたのにこれに応じなかったような場合です。ですので指示に従っている限りは問題となりません。

⑶ 3号

3号は包括的な規定ですが、⑴⑵に類するような厚生労働省からの指示に違反した場合です。

⑷ 4号

これは、保険医等が、健康保険法、国民健康保険法等の保険に関する法律で罰金の刑に処せられた場合です。

法律は限定されていますが、罰金刑という刑罰の中で軽い部類のものであっても保険医登録が取り消される可能性があります。なお、罰金刑は実務上執行を猶予されることがありませんので、罰金刑となれば保険医登録が取り消される可能性があります。

⑸ 5号

5号は、先ほどと異なり、犯罪の種類問わず禁錮以上の刑に処せられた際の規定です。犯罪の種類は問いませんので、交通事故などでも適応されますが、反対に罰金刑であれば5号には当たりません。

また、禁錮以上の刑であれば実刑判決だけではなく執行猶予付きの判決でも該当してしまいます。ですので、公判請求がなされれば無罪にならない限りは5号に当たることになります。

⑹ 6号

これは、1~5号以外で、保険に関する法律に基づく命令や処分に違反したときという包括的規定です。形式的には全ての命令・処分への違反が該当することになりますが、そもそもこの制度自体が「取り消すことができる」という裁量的な規定ですので、命令違反の程度や繰り返しているかなどを元に処分を決定するものと思われます。

4 登録取消の手続き

最終的な判断権者は「厚生労働大臣」となっています。

ただ、健康保険法82条第2項により「厚生労働大臣は、保険医療機関若しくは保険薬局に係る第六十三条第三項第一号の指定を行おうとするとき、若しくはその指定を取り消そうとするとき、又は保険医若しくは保険薬剤師に係る第六十四条の登録を取り消そうとするときは、政令で定めるところにより、地方社会保険医療協議会に諮問するものとする。」とされていますので、「地方社会保険医療協議会」への諮問が行われることとなります。

地域社会保険医療協議会は、全国を8ブロックに分け、地方厚生局ごとに設置されるものです。全部で20名の委員で構成され、保険者、被保険者の代表が7名、医師、歯科医師、薬剤師の代表が7名、その他公益委員が6名となっています。

登録取消しに該当する事由が窺われると、社会保険医療協議会の場で最終的な結論が審議されますが、その前に聴聞も行われます。必ず事情を聴取される機会が設定され、直接意見を述べる場が与えられます。

その後、地方社会保険医療協議会の意見が厚生労働大臣へ答申され、最終的な処分は大臣が出すという流れです。

5 直近の処分例

 関東甲信越厚生局が発表している直近の処分事案(https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/gyomu/gyomu/hoken_kikan/fuseiseikyu.html)を見ると、多くは診療報酬の不正請求です。また、中には監査への出頭を拒む等、協力を拒否した事案(2号)での処分も存在します。

なお、公表されているのは行政処分がなされた事案です。聴聞が行われた結果、裁量により処分が行われなかった事案は公表されていませんので、実際にはより多くの事件が対象となっていると思われます。

6 対応

⑴ 刑事事件化の回避

処分例にも記載がありますが、医師や歯科医師などが事件を起こし、逮捕などをされた場合には多くの場合報道機関により報道がなされます。

厚生局はこのような報道を端緒として監査を行っているものとみられますので、まずは事件を起こした場合であれば刑事事件化を回避することが大切です。

⑵ 刑事処分の軽減

仮に刑事処分が生じた場合には、罪名を問わず禁錮以上であれば処分の対象となりうる状態となっています。そのため、公判請求を回避できるよう、刑事処分の軽減を目指す必要があります。

⑶ 聴聞への対応

処分を受ける場合でも、必ず事前の聴聞が開かれます。不意打ち的にいきなり処分が出されるということがない以上、事前に自身の状況が分かるとも言えます。

聴聞の際の回答は、書面となり、地方社会保険医療協議会の審議の基礎となることが予想されます。ですので、この受け答えや対応により、処分を左右する可能性がありますので、しっかりと準備を行う必要があります。

⑷ 意見書等の提出

保険医の取消しは、あくまでも法律に戻づく行政機関による処分となります。ですので、法律の専門家による意見書を提出するなどして、地方社会保険医療協議会へ働きかけを行うことが考えられます。

⑸ 審査請求、裁判

仮に厚生労働大臣が保険医取消しの処分を出した場合でも、これに対して不服申立てを行うことができます。最初は行政機関への不服申立てとなりますが、最終的に決着がつかなければ裁判所へ訴えることになります。

このように処分を争っていく場合には、早くから将来の裁判を見据えて行動をする必要性がありますので、弁護士による対応が望ましいと言えます。

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