Archive for the ‘懲戒処分’ Category

【弁護士が解説】刑事事件を起こすと介護福祉士の国家資格はどうなるのか

2024-10-22

【事例】

 介護福祉士であるAさんは、ある日通勤途中、自動車で交通事故を起こしてしまいました。

 幸い被害者の方は全治2週間程度のけがではあったものの、警察の方からは事件を検察庁に送ると言われました。

 Aさんはどのような刑事罰を受け、それによって介護福祉士の資格はどうなるのでしょうか。

【解説】

1 交通事故の刑事罰

⑴交通事故による処分の種類

 Aさんは交通事故を起こしてしまいましたが、事故の場合、色々な処分がなされます。

 1つ目は、運転免許の点数です。けがの程度や運転態様にもよるのですが、免許の点数が引かれる場合があります。そして、注意しなければならないのは、点数を引かれたからといって刑事罰を受けないというわけではないところです。よく似た制度に「反則金」というものがありますが、反則金で処理されるようなものの場合は、反則金を払えば刑事罰を受けなくて済むような仕組みになっています。しかし、点数と刑事罰は全く別のものですので、点数を引かれ、刑事罰を受ける場合があります。

 2つ目は刑事処分です。警察が検察庁に事件を送り、検察官が起訴をして有罪となると、何らかの刑事罰を受けることになります。刑事罰とは、死刑、無期・有期の懲役・禁錮、罰金、拘留、科料のいずれかを指していて、いわゆる「前科」に該当するようなものを指します。繰り返しになりますが、点数と刑事処分は別物ですので、両方が来る場合も珍しくありません。

⑵交通事故の刑事罰

 事故により、人にけがをさせた場合には、その事故の態様次第ではありますが、過失運転致傷罪が成立します。

 過失運転致傷罪は、7年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金が定められている罪です。ただ、人が死亡した場合の「過失運転致死」と同じ条文・法定刑が定められていますので、現実的に7年の懲役・禁錮になるということはあまり想定されていません。

 一般的に交通事故で人にけがをさせた場合、骨折以上(おおよそ全治1ヶ月程度)のけがをさせた場合には、何らかの処罰を受ける可能性が高いと言えます。反対に、極めて軽微なけが(全治3日など)であった場合には、起訴猶予処分となることも多いようです。ただ、同じ程度のけがであっても事故態様や、不注意の内容、被害者の行動によって処分は左右されますので、必ずしもけがの程度だけで処分が決まっているわけではありません。また、被害者の方と示談をすることによって不起訴処分となることもありますから、事故を起こしたからといってすべてが処罰をされているわけではありません。

 次回ご説明しますが、国家資格の多くは、刑事罰を受けたことを理由として処分の事由を定めています。そのため、国家資格に影響を与えないようにするためには、まずは刑事罰を受けない=不起訴処分となることを優先して考える必要があります。交通事故を起こしてしまった場合には、被害者の方との示談等をいち早く検討する必要があります。

【弁護士が解説】薬剤師が交通事故を起こすとどのような処分が待っているか②

2024-10-01

【事例】

 薬剤師の資格を持ち、ある病院で勤務しているAさんは、ある日通勤途中、自家用車を運転している際に前方の車に追突してしまいました。

 Aさんはすぐに110番と119番をしたのですが、前方の車に乗っていたBさんが全治1週間程度のけがをしてしまったようでう。

 Bさんが診断書を出したことにより、Aさんに対する過失運転致傷罪の捜査が開始しました。

 このあとAさんにはどのような処分が待っているのでしょうか。

【解説】

 前回に引き続き、今回は薬剤師免許に対する行政処分について解説していきます。

 まず、薬剤師法8条により、行政処分は免許の取消し・3年以内の業務停止・戒告の3種類と定められています。ですので、処分を受ける場合にはこのいずれかの処分となります。

 ただ、仮に薬剤師が刑事罰を受けた場合であっても、薬剤師法8条が「薬剤師が、第五条各号のいずれかに該当し、又は薬剤師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。」と定めており、必ず処分をされるわけではありません。たとえば、弁護士法7条は「次に掲げる者は、第四条、第五条及び前条の規定にかかわらず、弁護士となる資格を有しない。一 禁錮以上の刑に処せられた者」としており、禁錮以上の刑(執行猶予付きも含む)を受けてしまうと、どのような理由であれ弁護士となる資格を喪失することになっていますので、違いが分かるのではないかと思います。

 次にどのような手続で処分を行うかです。薬剤師法8条を見ると「厚生労働大臣は・・・・」となっています。ですので、最終的な処分は厚生労働大臣名でなされます。このことは薬剤師免許が厚生労働大臣名であることの裏返しです。

 ただ、実際には厚生労働大臣が個人で決めているわけではありません。厚生労働省内に医道審議会という審議会が設置されており、そのなかの「薬剤師分科会薬剤師倫理部会」により答申がなされ、それに従って厚生労働大臣が処分をするということになっています。たとえば、直近であれば、準強制わいせつ未遂と傷害罪を起こした薬剤師に関して免許取消となっています。

 とはいえ、この医道審議会も東京で開かれているだけですから、全国にいる薬剤師に聞き取りを行えるわけではありません。そのため、薬剤師法8条5項により、都道府県知事が聞き取りを行い、これを厚生労働大臣が行ったことに代えることとされています。しかし、都道府県知事が聞き取りをしているわけではなく、実際には都道府県の担当部局がこれを行うということになっています。

 ですので、個々の薬剤師の方には、都道府県の医政担当部局から呼び出しがあり、そこで聴聞という手続きが開かれ、その内容が知事→医道審議会→大臣と上がっていくという仕組みになっています。

 今回のような交通事故の場合、どのような処分となるかは「行政処分の考え方」が事前に公表されています。過失運転致傷については、基本的には戒告の取扱いにするとされています(⑹ア)。ただ、情状が軽ければ処分がなされないこともあり得ると思われますし、反対に飲酒運転や危険運転、ひき逃げといった重い場合には処分がより重い処分となることが予想されます。

 処分の軽減を図るためには、最初の都道府県への聞き取りへの対応が必須です。むしろ、ここでしか話を聞かれませんので、都道府県での対応が鍵となります。有利な処分を得るためには、まずは刑事事件でより軽い処分を得て、それをもって都道府県の聞き取りに臨む必要がありますので、刑事の段階から処分を目標に示談交渉等を行う必要があります。これらの交渉には難しい点もありますので、まずは弁護士にご相談ください。

【弁護士が解説】薬剤師が交通事故を起こすとどのような処分がなされるのか①

2024-09-24

【事例】

 薬剤師の資格を持ち、ある病院で勤務しているAさんは、ある日通勤途中、自家用車を運転している際に前方の車に追突してしまいました。

 Aさんはすぐに110番と119番をしたのですが、前方の車に乗っていたBさんが全治1週間程度のけがをしてしまったようでう。

 Bさんが診断書を出したことにより、Aさんに対する過失運転致傷罪の捜査が開始しました。

 このあとAさんにはどのような処分が待っているのでしょうか。

【解説】

 Aさんは交通事故を起こしてしまいました。このような場合、Aさんにはいろいろな方面から処分がなされます。今回は、どのようなところから何を言われるのかを概観します。

1 刑事

 まずは刑事事件です。これは警察が捜査し、その後検察庁に送検され、最終的には懲役・禁錮・罰金といった刑罰を受けるような手続きです。ただし、検察庁が「今回限りは処罰しません」という風に決定した場合には、いわゆる「起訴猶予」となります。

 交通事故の場合には、過失運転致傷罪が成立するかが問題となります。

 刑事事件では、警察官・検察官とやり取りをすることになります。後から述べる「免許」の手続きでも警察官が出てきますが違う部門の警察官ですし、免許の手続きは免許センターで行われることが多いのに対し、刑事事件で対応する警察官は事故現場を管轄する警察署の警察官となります。

2 民事事件

 次に民事事件です。

⑴損害賠償

 交通事故を起こした以上、民法709条自動車損害賠償保障法3条に基づき、加害者は被害者に対して賠償をする義務が生じます。これを「損害賠償」等と呼んでおり、治療費や慰謝料の支払いなどを行います。

 ただし、多くの場合は任意保険に入られていると思いますので、そのような場合には保険会社が代わりに賠償をしてくれることになっています。もし任意保険に入っていない場合でも、自賠責保険は強制加入ですから、人身事故に関する損害については、一定額までは自賠責保険会社が対応してくれることになっています。

⑵雇用関係

 仮にAさんが民間病院に勤務している場合、勤務先の法人等から交通事故を起こしたことにより何らかの処分を受ける可能性があります。戒告や訓告、けん責、減給、停職、解雇など、処分の種類は様々です。処分の内容については、各法人により異なりますので、就業規則を確認する必要があります。仮にこの処分に不服がある場合には、労働審判や民事訴訟といった法的手段により争うことになりますが、これも民事事件に分類されます。

3 行政事件

 最後に行政事件です。

⑴雇用関係

 仮にAさんが公立病院に勤務している場合、先ほどの民間病院とは異なる場合があります。

 Aさんが公務員の地位を有している場合には、Aさんの労働者の地位に対する処分は「行政処分」となります。

 地方公務員の場合、その処分は地方公務員法27,28条で定められています。「降任、免職、休職、降給」と法定されており、それ以外の処分は許されていません。なお、所属によっては「文書注意」や「所属長注意」というような注意がなされることもありますが、これは法律の定める処分ではなく、あくまでも内部的なものということになります。

⑵運転免許に対する処分

 交通事故を起こした場合、運転免許の点数が引かれることになります。また、事故態様や累積の点数次第では、免許停止や免許取消の処分を受ける場合もあります。

 これらの処分は、各都道府県の公安委員会が行います。運転免許証の右下には各公安委員会の印が押してありますが、反対に処分を行うのも公安委員会となります。ただ、実際には運転免許センターに呼び出され、センターの警察官により対応されるため、実質的には警察官により免許の処理もされているように見えます。

⑶薬剤師免許に対する処分

 最後に、薬剤師の国家資格について解説します。

 薬剤師の国家資格は、一定の理由があると取り消されるなどの処分を受けることとなっています。

 薬剤師法8条がその処分を決めており、取消し、業務停止、戒告の3つの処分が定められています。

 薬剤師に対する処分は、法文上厚生労働大臣が処分をすることになっていますが、薬剤師本人の聞き取りを行うのは都道府県の担当部局です(薬剤師法8条5項)。そのため、呼び出しは都道府県からくることになります。

4 まとめ

 これまで見てきたように、1つの交通事故を起こすだけで、多数の部門から呼び出し・聞き取り・処分がなされることになります。

 このような多方面からの要求に、これまで法律と無縁であった方が対応することは困難だと思われます。

 事故を起こしてしまった場合、まずは弁護士に相談し、どのように対応することが適切か、方針を考えましょう。次回は薬剤師免許についての手続きを解説します。

【弁護士が解説】弁護士費用の未精算はどのような問題を生じさせるか

2024-08-20

【事例】

 X弁護士は、Aさんから交通事故損害賠償事件(被害者側)の依頼を受け、保険会社との交渉に当たり、保険会社から保険金を受領しました。

 X弁護士がAさんから依頼を受けた当初、Aさんが被害者であることは明らかであり、それなりまとまった金額を受領できることが予想されたことから、委任契約締結時にはX弁護士は費用を貰わず、保険会社から取得出来た金額に対する一定の割合を報酬として差し引き、残った金額をAさんに渡すという契約を締結していました。

 X弁護士は、保険会社との示談交渉が完了し、保険金の受領が終了したにもかかわらず、Aさんに保険金の一部の支払いをしないままでいました。このようなことはどのような問題を生じさせるでしょうか。

【解説】

 「自由と正義」の末尾に、懲戒の事例が掲載されていますが、事案のように預かったお金を返金しないというケースは度々登場します。

 弁護士職務基本規程45条によれば、「弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を清算した上、預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければならない。」とされています。保険会社からの保険金は、依頼者のために第三者あら預かったお金ですから、預り金に該当し、終了時に速やかに返金する必要があります。

 事例のケースのように、保険金や遺産等のまとまったお金を返金しなかった場合、業務停止などの重い処分も十分予想されます。そのため、速やかに返金をする必要があります。

 ところで、仮に返金できない何らかの事情が発生した場合はどうでしょうか。たとえば、依頼者から「今、妻と離婚しそうで、このまま自分の口座に保険金が流れ込んでしまうと、この保険金も遺産分割の対象となってしまう可能性がある。そのため、先生がしばらく預かっておいてください」等と言われた場合には、どうすればよいでしょうか。

 この依頼者の述べている内容が法的に正確かどうかは別として、返金ができない事情(病気や行方不明など)がない以上、仮に依頼者側に事情があったとしても規程上は返金すべきでしょう。

医師・看護師・薬剤師等の処分とはどのようなものか?

2024-07-23

【事例】

Aさんは、車を運転している最中、交通事故を起こしてしまいました。

今後Aさんにはどのような処分が待っているのでしょうか。

【解説】

事故を起こしてしまったAさんには、この後様々な機関からの呼び出し、事情聴取、処分が出されます。それぞれについてどのような違いがあるのかを検討します。

0 大前提

 これから、様々な処分について説明していきます。ただ、その前提として1つ重要な問題があります。

 それは、「それぞれの世界は、独立した世界である」ということです。この後説明しますが、刑事の世界と民事の世界は別の世界ですし、一致することも多いですが、刑事の世界と民事の世界の認定が同じでなければならないという決まりはありません。ですので、それぞれが別々に来てしまうことも十分あり得ます。

1 運転免許について

 まずはなじみ深い運転免許の処分について考えていきます。ここで当てはまることが、基本的にはそのままあてはまります。

⑴点数

 交通違反をすると、点数が引かれます。この点数がたまると免許が取り消されたり、停止されたりすることからも分かるように、これは「都道府県公安委員会」という役所が個人(免許の名義人)に対しておこなう「行政処分」です。

 なお、免許センターに行けば警察官の服装をした方がいますが、⑵で出てくる警察官とは似ているようで違う存在です。

⑵刑事罰

 交通事故を起こし、相手方が負傷すると過失運転致傷罪という犯罪が成立しえます。

 警察は事件を捜査し、捜査を終えると「検察庁」という役所に送ります。

 そして、検察官が起訴するか不起訴にするかを決定し、起訴されると裁判を受けることになります。

 起訴後、裁判官が判決を下すことになりますが、罰金、執行猶予付き懲役・禁錮等、刑事罰を受けると、いわゆる前科がつくことになります。

 これがいわゆる「刑事事件」です。

⑶賠償責任

 事故で被害者がけがをしたり、相手の車がへこんだような場合には、賠償をする義務があります。

 ただ、現在ではほとんどの方が任意保険に入られ、賠償については保険で対応されていると思われます。

 この、金銭での賠償等についてのやり取りが「民事事件」です。⑴⑵との違いは、役所が登場せず、個人と個人でのやり取り(ただし保険会社が代理する)になるという点にあります。

⑷まとめ

 以上の様に、1つの事故で「行政」「刑事」「民事」の3つの問題が発生します。これを念頭に置いて、今度は免許の方を検討します。

2 資格について

 それでは、交通事故を起こしたとして、資格はどうなるのでしょうか。医師、歯科医師、看護師、薬剤師などは基本的には同じですので、ここからは医師を例に解説します。

⑴行政処分

 医師などの資格は、基本的には厚生労働大臣から与えられた免許という形をとっています。

 反対に、医師の資格を奪うときも、厚生労働大臣による処分という形式をとります。

医師法7条

医師が第四条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。

 戒告

 三年以内の医業の停止

 免許の取消し

 このように、医師に対して、医師という資格自体を左右する処分を与えることができるのは厚生労働大臣に限定されており、これは「行政処分」ということになります。

⑵雇用関係

 医師などのうち、多くの方はいずれかの医療機関に雇用されていると思われます。

 そうすると、交通事故を起こしたことにより、医師免許自体に関わらず、職場を追われる可能性があります。

 ただ、これがどのような事件となるかは、現在どのような医療機関に勤務しているかにより異なります。

 たとえば、市民病院のような国立・公立の病院の場合、任命権者が市長などの首長になっていることがあります。そうすると、反対にクビ(免職と呼びます)にする場合も首長がクビにすることになりますから、「役所」が対立当事者として登場するので、「行政処分」となります。

 これに対して、民間の病院に勤務している場合、理事長・院長であってもあくまでも「民間人」ですから、こちらは個人と個人の間の問題となりますので「民事事件」になります。

3 事件の種類

 このように、民事、刑事、行政と様々な種類の手続きが登場するケースがあります。

 この場合、それぞれの事件ごとに、手続のルールが異なり、結論が異なる場合もあります。

 そのため、争うことを検討されるような場合には、予め専門家に相談し、何をどのように争えるのか検討しておくことが肝要です。

【弁護士が解説】相手方との交渉の際、許される言動はどの程度であるか

2024-06-04

【事例】

 X弁護士は、Aから、自身の配偶者BがCと不貞関係にあるとの相談を受けた。相談の結果、AはCに対して慰謝料請求をするということになったが、その時点でもAとBの間の婚姻関係は破綻しているとはいえなかったほか、BとCの間に不貞行為があるという証拠が具体的にある状況ではなかった。

 このような状況で、X弁護士は、Cの1000万円の慰謝料を請求する旨の受任通知を送るとともに、Cの携帯電話に複数回電話をした上で、Cの勤務先にも電話をした。そして、折り返しをしてきたCに対して、1000万円の慰謝料を請求した上で、仮に応じなかった場合にはCの上司に通告する旨を伝えるなどした。

 X弁護士の対応に問題はないか。

【解説】

1 弁護士の義務

 弁護士である以上、法令や証拠に基づき主張をするべきなのは半ば当然です。もちろん、相談時点では事実関係が明らかではなく、当事者の一方の主張を聞いた結果、(結果的に見れば)一方的な主張となってしまうこともありますが、これはあくまでも結果論であり、やむを得ない面もあります。

 ただ、明らかに証拠が不足している状況で、断定するような形で主張をするということは許されません。

 今回のX弁護士の例の場合、婚姻関係の破綻がない以上、不貞慰謝料請求をすることになり、不貞の証明をする必要があります。ただ、Aの一方的な主張のみであり、他に根拠がないという状況では、慰謝料請求が認められる可能性はほとんどありません。せめて、婚姻関係が破綻していないのであれば、Bから話を聞き、不貞の事実を確認することは可能であったはずです。にもかかわらず、この段階で不貞慰謝料請求権の存在を前提としてCに交渉していくことは不適切と評価される可能性があります。

2 不安をあおる言動

 さて、X弁護士は、Cに対して1000万円の慰謝料請求を行っています。

 婚姻関係が破綻したという事例での慰謝料請求であったとしても、この金額が裁判所によって認定されるとは通常考えられません。もちろん、算出方法等によって金額が高めになったり低めになったりすることはあり得ますが、今回の金額はあまりにも高額です。このような高額の請求を受けたCからすれば、相当不安を感じるはずです。

 また、X弁護士は何度もCに電話をしています。もちろん交渉のために電話をすることは否定できませんが、あまりにも回数が多いようであれば、着信履歴の状況からしてもCは不安を感じると思われます。

 弁護士として相手方と交渉をすることは当然ですし、一方の代理人の立場として交渉をする以上、客観的な事実や、当然予想される帰結(たとえば「裁判になったら、弁護士さんを通常雇うことになり、お金と手間と時間がかかります」など)を告げることには問題がないと思われますが、それ以上のことについては余程の証拠がなければ告げること自体も危険であると言えます。

3 脅迫的言辞

 最後に、X弁護士は、Cの勤務先の上司に通告する旨を述べています。Cの行為は当然私生活上の行為であり、Cの仕事とは関係ありません。にもかかわらずこれを職場に告げるというのは、脅迫的な下農であり、弁護士として許されるようなものではありません。

 このような脅迫的言辞は、弁護士として当然認められるものではありませんし、悪質なものであると認定されます。もちろん、事実としてそういうことになるということを告げることは問題ありません。たとえば、(今回の事案では問題がありそうですが)「慰謝料の支払いを裁判所に命じられることになり、それを支払わなかった場合には、給与について裁判所から差押えの命令が会社に行き、会社に裁判を起こされたことが分かってしまう」というのはあり得る結末の1つであり、弁護士であれば通常想定する手段だとは思いますが、一般の方からすると脅されているように感じると思われます。このような言動まで脅迫であると認定されることはないと思われますが、それでも表現や言い方などの点には注意を要します。

 弁護士同士でも注意が必要ですが、そうでない方を相手に交渉を行う場合、弁護士の世界の常識が当然通用するわけではありません。表現や言葉遣いには十分注意をして交渉を行う必要があります。

【弁護士が解説】接見室内で被疑者・被告人に電話をさせるとどのようになるか

2024-05-14

【事案】

 X弁護士は、Aの国選弁護人として選任され、Aが逮捕されているB警察署で接見を行っていた。

 Aはいわゆる特殊詐欺で逮捕され、他にも共犯がいると考えられるほか、接見等禁止決定が付されていた。

 面会中、AはXに対して、「先生は面会室に携帯電話を持ってきていますよね。俺の彼女とどうしても話がしたいから、先生が電話をかけて、アクリル板越しに電話機を近づけて、電話で話をさせてくれませんか」と依頼を受けた。

 このような依頼を受けて問題はないだろうか。

【解説】

1 面会室内での電子機器の利用について

 警察署や拘置所で接見を行う際、携帯電話を預けるように言われることがあるほか、パソコンなどの電子機器を利用する際には事前に申し出るように言われることがあります。また、このような指示に従わなかった場合、面会の中が注されるといったケースもあるようです。

 このような取り扱いに対し、日弁連は一貫して対抗する姿勢を見せていると思われます。確かに、現在刑事事件では電子データが証拠開示されることも多いところ、仮に電子機器の利用が禁止されるとすれば、電子データを示しながらの本人と話すことができなくなってしまい、防御上の不利益は極めて大きいものとなってしまいます。その他にも、現在はパソコンでメモを取ることもそう珍しいことではありませんから、電子機器の利用一切を禁止しようとする流れには対抗する必要があります。

2 面会室内での電話の利用

 しかし、電話(LINE通話なども含みます)機能を使用するという話になると、問題の争点が変わってきます。

 弁護士との間では秘密交通権が保障されていますが、これはあくまでも被疑者・被告人と弁護士の間で防御を行うために認められた権利です。そのため、被疑者・被告人と弁護士以外の人物との間での秘密交通が認められているわけではありませんから、弁護士が外部へ電話をかけ、被疑者・被告人とその者を会話させるというようなことは認められません。

 今回の事例の場合、Aは特殊詐欺で逮捕されており、他に共犯者がいるということが容易に推察されます。Aが彼女であると称する人物が本当に彼女であるかどうかも分かりませんし、仮に彼女であったとしても事件関係者ではない保証はありません。そうすると、弁護士が罪証隠滅に加担することになる可能性もあります。

 また、今回のAには接見等禁止決定が付されています。弁護士以外の者とは面会等をさせないという状態ですから、仮に会いに来たとしても彼女は面会できない状態です。そのような状態にある被疑者・被告人と電話をさせるというのは、接見等禁止決定の趣旨にも大きく反してしまいます。

 ですので、仮にこのような依頼があった場合、X弁護士は必ず断らなければなりません。また、これに応じてしまった場合には、業務停止以上の重い処分が予想されます。最近でも類似のケースで処分を受けていることがありますので、注意を要します。

 

【弁護士が解説】利益相反規定に直接は当てはまらないような場合に受任をすることは可能か

2024-05-07

【事例】

 X弁護士は、亡Aの遺産相続に関して遺言執行者に選任され、遺言執行を終えた。

 ただ、その遺産の中にあった不動産について、Aの相続人のBとCの間で対立があり、Aの遺言上はBが相続するということになっていたのでXもその通り手続きを進め、登記上はBが所有者となったのだが、実際にはCが占有を継続しているような状況となった。

 X弁護士は、遺言執行が終了した後、Bから「先生、Cがまだ建物を占拠しているのは納得できないので、先生が私の代理人となってCを訴えてください」との依頼を受けた。

 そこで、X弁護士は、Bを代理して、Cに対して明け渡し訴訟を提起した。

【解説】

 X弁護士が最初に請け負っていた事件は、遺言執行であり、依頼者はいうなれば亡Aでした。しかし、遺言執行者は特定の相続人の代理人というわけではありませんので、相続人間では公平であるべきです。

 実際、東京高判平成15年4月24日によると「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の権利義務を有し(民法一〇一二条)、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(同一〇一三条)。すなわち、遺言執行者がある場合には、相続財産の管理処分権は遺言執行者にゆだねられ、遺言執行者は善良なる管理者の注意をもって、その事務を処理しなければならない。したがって、遺言執行者の上記のような地位・権限からすれば、遺言執行者は、特定の相続人ないし受遺者の立場に偏することなく、中立的立場でその任務を遂行することが期待されているのであり、遺言執行者が弁護士である場合に、当該相続財産を巡る相続人間の紛争について、特定の相続人の代理人となって訴訟活動をするようなことは、その任務の遂行の中立公正を疑わせるものであるから、厳に慎まなければならない。」とされており、中立性が要求されています。

 本事例と同様の事例において、戒告の処分とした例があります。遺言執行者としての任務が終了したからといって直ちにどのような事件でも受任可能になるというわけではなく、特定の相続人に偏ったものではないかどうかを検討したうえで、弁護士の公平さ(弁護士職務基本規程第5条)に反しないかを検討するべきであると言えます。形式的には利益相反の規程に反しませんが、注意を要します。

【弁護士が解説】弁護士が受任をしてはいけない事件にはどのようなものがあるか

2024-04-30

【事例】

 X弁護士は、A株式会社の顧問弁護士を長らく務めており、会社の代表取締役Bからの信任も厚かった。

 ある日、X弁護士のもとへ、Bから「大変だ。うちの従業員が何かをして逮捕されたらしい。先生が弁護活動してもらえませんか」という連絡があり、実際に警察署に行ってみると、A社に勤務しているCが盗撮の疑いで逮捕されていた。Cに話を聞き、弁護人をどうするのか尋ねたところ、社長の意向に従うということであったので、そのままXがCの弁護人となることになり、AとXの間で委任契約が締結されることとなった。

1 X弁護士として気を付けるべきことはなんでしょうか。

2 後にA社において、Cを懲戒処分とするべきかの議論が行われました。Xのところへも、Bから「C君について、懲戒解雇相当だと思うのが、どうだろう」という質問がありました。Xとしてはどのように対応するべきでしょうか。

【解説】

 刑事事件の被疑者、被告人の方に、勤務先の顧問弁護士が面会を行い、そのまま弁護人として選任されるということはそれほど珍しくありません。しかし、注意すべき点があります。

1 守秘義務違反

 まず、弁護士には弁護士法上の守秘義務が課せられます。弁護士職務基本規程では「依頼者について」という文言となっていますが、一般的な解釈としてはこの対象は限定されていません。

 今回でいえば、委任契約者はBということになりますが、基本的に秘密にしたい事項が多いのはCとなります。また、委任契約の当事者でなかったとしても、XはCの弁護人となりますので、Cに関する秘密は守秘義務の対象となります。

 そうすると、Cの秘密は、たとえ委任契約を締結しているのがBであったとしても、Bに対しても口外してはならないということになります。

 会社の顧問弁護士が従業員の事件を受けること自体は否定されるものではありませんが、守秘義務の点が問題となりますので注意が必要です。特に、このようなケースでは、C自身が「お金を払ってもらっているのだから話をしなければならない」と勘違いしている可能性も相応にあります。ですので、Cと面会する際には、守秘義務の存在や会社に伝えていい範囲などを十分に確認しておく必要があります。

2 利益相反

 Cの性的姿態等撮影被疑事件の弁護人であったXですが、今度はCに懲戒解雇の話が持ち当たっています。

 Cの刑事事件と、Cを解雇するという話では、当事者は同じCではあるものの、事件の種類や手続きは全く異なります。このような場合、Xは後の事件である解雇に関わってよいのでしょうか。

 弁護士法25条及び弁護士職務基本規程27条、28条には、職務を行い得ない事件が記載されています。いわゆる「利益相反」に関する規制です。

 弁護士法25条1項は「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」を受任することを禁じています。

 今回の事例で見ると、X弁護士は、①A社の顧問弁護士②Cの弁護人の順番で受任をしていますので、後から出てくるのはCの事件です。しかし、Cを解雇するかどうかという問題は、X弁護士がCの弁護人になってから生じた問題であると言えます。そうすると、契約の順番とは反対となりますが、「Cの弁護人であったXが、Cの解雇について助言できるか」という問題が設定されることになります。

 Cの解雇に関する問題の「相手方」は、Cを指しています。ただ、解雇という労働問題と、刑事事件は全く異なる手続きですので、一見すると受任可能なように見えます。しかし、過去の日弁連の決定の中には、事件の同一性は、単なる訴訟物の同一等のみで判断するのではなく、実施的な判断するべきであることが指摘されています。

 Cの刑事事件もCの解雇も、いずれもCが盗撮をしたことに端を発しています。そうすると、事実上事件は同一であるといえ、Cの弁護人であったXは、Cの解雇に関する事件について関与しない方が適切であると考えられます。

【弁護士が解説】共犯者双方の弁護人を引き受けるとどのような問題が生じるか

2024-04-23

【事例】

 X弁護士は、ある窃盗事件を起こしたAから私選の刑事弁護の委任を受け、弁護人として活動していた。窃盗事件の内容は、Aが別の共犯者Bと共謀してカードショップに忍び込み、高価なカードを盗むというものであった。

 この事件でAは逮捕されていたが、同時にBも逮捕されているようであった。また、報道によるとAもBも両方とも事件について認めている様子であった。

 AとBは元々地元の先輩後輩の間柄であり、AはBの先輩であった。本件事件についても、AがBを誘い、分け前を分配するということでBはしぶしぶ応じるような形で現場についてきていた。

 ある日X弁護士がAの面会に行くと、Aから「Bも逮捕されていると聞いている。Bは自分の後輩だし、もとはと言えば自分が誘ったようなものだから、自分が迷惑をかけてしまっている。お金については自分が負担するので、先生がBの弁護士もやってください」と依頼された。

 X弁護士はこの依頼に応じるべきであろうか。

【解説】

 今回は、共犯事件において、共犯者相互の弁護人になることができるのかという問題となります。

 弁護士法や弁護士職務基本規程では、同時に複数人の弁護士となることについて「利益相反」の規定があります。ただ、たとえば弁護士法25条1号では「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」のような定め方をしており、ある事件において依頼者と相手方と双方を受けることなどは禁じていますが、刑事事件共犯者相互についてどのように考えるのかは明らかではないところもあります。

 そもそも、刑事訴訟規則29条5項では「被告人又は被疑者の利害が相反しないときは、同一の弁護人に数人の弁護をさせることができる。」と定めており、1人の弁護士が複数人の弁護をすることが想定されています。ただ、こちらでも「利害が相反しないとき」という条件が付されています。

 それでは、刑事の場合に「利害が相反する」とはどのような場合を指すのでしょうか。

 典型的に問題になりそうなのは、共犯者の一方は認め、片方は否認というケースです。認め事件と否認事件では、事件への対応方針も大きく異なり、特に認めている共犯者の方が否認している共犯者についての関与を自白するような場合には、明らかに一方の行動が他方に不利になっていると言えます。

 次に、共犯者双方が認めていたとしても、その間に上下関係や主従関係がある場合です。一方が主導的な役割を果たし、他方が従属的な場合、従属的な者の弁護人となった場合には当然主犯に従っただけであるという弁護活動を展開します。ただ、これは主犯に責任を多く負担させるという主張ですので、主犯から見れば不利益になっているとも言えます。

 それでは、両方とも否認をする場合はどうでしょうか。この場合、否認の内容にもよります。たとえば、お互いが「相手方が1人でやった」というような主張であれば利益相反は明らかですが、双方黙秘の場合には表面上は利益相反は明らかではありません。

 一般的に、複数人の弁護人を同時に引き受けることには慎重であるべきとされています。それは、弁護活動が時間の経過によりさまざまな変化を見せる以上、たとえ現時点で利益相反の問題が生じていなくとも、将来的に利益相反となる可能性は常に存在するからです。そして、いったん利益相反が顕在化してしまうと、どちらか一方の弁護人を辞任するだけでは足りず、双方の弁護人を辞任するべきであると考えられているため、どちらの依頼者にも迷惑をかけることになってしまいます。

 今回の事例では、AとBの間に主従関係があるようです。また、Bの弁護士費用はAが負担すると述べています。このようにお金をAが負担していると、BとしてはAに反抗するような主張をしにくくなる可能性があります。以上のような理由から、X弁護士としては受任を差し控える方が好ましいと言えます。

« Older Entries

keyboard_arrow_up

0120631881 問い合わせバナー 秘密厳守の無料相談