Archive for the ‘懲戒事由(各論)’ Category

【弁護士が解説】マスコミの取材に応じることは許されるか?

2024-11-12

【事例】

 X弁護士は、ある刑事事件の国選弁護人に選任され、第1回公判に弁護人として出席した。

 裁判が終わった後、法廷を出たところで、記者の腕章をつけた人物から声をかけられた。

 「○○新聞の△△です。被告人であるAさんは、事件について今どのようなお話をされているのでしょうか」

 さて、この問いかけに答えてよいのであろうか。

【解説】

 社会的に耳目を集める刑事事件等の場合には、法廷で記者の方が傍聴されている場合があります。もちろん傍聴自体は権利ですし、傍聴した内容を記事にすることも、裁判の公開という原則からは問題ありません(ただし、被害者保護やプライバシーの観点からの制約はあり得ます)。

 ただ、中には公判終了後に裁判所の廊下で、弁護士が記者から話しかけられるということもあります。そのとき、弁護士はどのように対応する必要があるのでしょうか。

 弁護士法23条弁護士職務基本規程23条で、秘密保持義務、いわゆる守秘義務が定められています。文言は少し異なりますが、要するに事件処理の過程で知り得た情報を理由なく漏らしてはならないというものです。

 上記のようなマスコミからの取材は、被告人の今の声を求めるものですから、当然「秘密」に該当します。そのため、本人からの了解があれば回答することができますが、そのような場合以外は回答すべきではありません。在宅事件であれば、本人が横にいるのでその場で協議できないわけではありませんが、身柄事件の場合にはすぐに本人と話すことはできません。マスコミが来そうな事件であれば、予め本人と対応を協議しておくことも1つの方法だと思われます。

 また、事件の内容によっては、本人の言い分をマスコミを通じて世間に知らせることも有効になるかもしれません。そのような類型の事件である場合には、記者会見を設定するなどして、積極的にマスコミを利用することも考えられる手段です。ただし、これも本人の同意が必要です。

 それでは、その直前の公判で明らかになった(かつ争いもない)事実について、確認の意味で再び尋ねられた場合(たとえば、「○○という事件で、本人はお認めなんですよね」と聞かれた場合)に回答することは問題ないのでしょうか。一見すると、直前の公判で公開されている出来事ですので、「秘密」に当たるような事柄ではないように思えます。確かにそうとも言えるのですが、公判で裁判官に対して認めるのと、記者に認めるのでは、その意味合いが異なるように思われます。少なくとも公判では何らかの応答をしなければならないのに対し、記者に対しては応答しなかったからといって問題があるわけではありません。その意味で、仮に公になった事実であったとしてもそれをそのまま記者に話していいとは言い切れないように思われます。

 マスコミからの対応依頼があった場合には、一旦持ち帰り、本人と協議をしてから回答する方が妥当のように思われます。

【弁護士が解説】不当であると分かりながら訴訟提起をすることに何か問題はないか

2024-10-15

【事例】

 X弁護士は、Aから、ある不動産の明け渡しに関する相談を受け、Bに対して訴訟提起を行った。

 しかし、この訴訟でXが主張した法的な構成は、第一審でも第二審でも認められず、Aは敗訴しました。

 この結果に納得できなかったAは、Xに対して再び訴訟提起をすることを求めました。ただ、X弁護士としては、既に主張できる法的構成は1回目の裁判で主張してしまっており、今さら新たな法的構成を考えたとしても無理筋なものであると考えていました。既判力のことを考えると、どうしても訴訟提起は難しそうです。

 このとき、X弁護士が訴訟提起をすることに問題はないでしょうか。

【解説】

 弁護士は、不当な事件を受任することはできません(弁護士職務基本規程31条)。

 今回のように、不当訴訟と思われるものを引き受けることは、この規程に違反する可能性があります。ただ、だからといって裁判を受ける権利がある以上、代理人になることが一律に否定されるものではありません。

 裁判例で、弁護士の訴訟提起行為が不法行為を構成する場合は、「一般に代理人を通じてした訴や控訴の提起が違法であって依頼者たる本人が相手方に対し不法行為の責を負わなければならない場合であっても、代理人は常に必ずしも本人と同一の責を負うべきものと解することはできない。すなわち、代理人の行為について、これが相手方に対する不法行為となるためには、単に本人の訴等の提起が違法であって本人について不法行為が成立するというだけでは足りず、訴等の提起が違法であることを知りながら敢えてこれに積極的に関与し、又は相手方に対し特別の害意を持ち本人の違法な訴等の提起に乗じてこれに加担するとか、訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど、代理人としての行動がそれ自体として本人の行為とは別箇の不法行為と評価し得る場合に限られるものと解すべきである。」(東京高判昭和54年7月16日)とされています。そのため、単に不当訴訟だと認識しながら訴訟提起するだけでは足りないと考えられていますので、弁護士としてはそこまで心配する必要はありません。

 不法行為上の責任を負う場合よりも、懲戒請求を受ける場合の方がより厳格な場合に限定されます。そのため、懲戒請求を受けるのは、被告に損害を与える目的が明白な場合や、それにより弁護士が利益を得る場合など極限的な場合に限られると考えられます。

 もっとも、原告(依頼者)側が敗訴に納得するかという問題も再びあります。弁護士は結果を装って受任することが禁止されているので、原告には敗訴の可能性を十分告知した上で受任しなければなりません。

【弁護士が解説】身代わり犯人の主張がなされた場合にはどうするべきか

2024-10-08

【事例】

 X弁護士は、Aさんの国選弁護人に選任されたため、勾留されている警察署に接見に行きました。

 Aさんと接見すると、次のようなことを言われました。

 「先生、実はこの事件はBが真犯人です。私は全く無関係で、現場にもいなかったのですが、世話になっているBから、何とかここだけ身代わりになってくれといわれたんです。私も身代わりになることを承諾したので、出頭して逮捕されたんですけど、このまま手続きを進めて欲しいと考えています。」

 X弁護士として、どのような対応をすることが適当でしょうか。

【解説】

 弁護人として接見をしていると、時々このような主張に出会うことがあります。ここまで丸々身代わりになっているというケースはそれほどないとしても、部分的に身代わりになるようなことをしていることはあります。

 このとき、弁護人としては、まず無実の事件で有罪判決を受けることは適切でないこと等を伝え、思いとどまるよう説得するべきです。しかし、仮説得に応じなかった場合にはどのようにすればよいでしょうか。

 私選弁護人の場合、弁護活動を継続できないということを理由に辞任することが考えられます。しかし、国選弁護人の場合には、自由に辞任することはできず(刑事訴訟法38条の3)、かといってこの内容を裁判所に報告することは守秘義務違反となりますので、裁判所に辞任を求めることもできません。

 それでは、X弁護士のように国選弁護人を継続することになった場合には、どのように対応すればよいでしょうか。

 これについて定まった見解はなく、『解説 弁護士職務基本規程(第三版)』にも複数の考え方が示されています(同書15頁)。

 国選弁護人であり、辞任できる状態ではない以上、弁護人は何らかの弁護活動をしなければなりません。たとえば、冒頭手続きでの罪状認否は、弁護人・被告人に陳述の機会を与えれば足りると考えられていますので、弁護人が陳述しなかったとしても手続きは進みます。また、証拠意見は本来被告人固有の権利ですので、弁護人ではなく被告人がすべて同意してしまえば、それで足ります。このように、裁判の場に弁護人がいるものの、弁護人が一切の弁護活動を行わないということも不可能ではないかもしれません。ただ、この手続きは通常の弁護活動ではありませんし、裁判官・検察官から見ても極めて疑問があります(間違いなく理由を問われるでしょう)。また、本当は無罪であるにもかかわらず情状弁護を行うのかという問題も生じ得ますが、仮に情状弁護を行った場合、情状証人に有罪であることを前提に尋問をすることも躊躇われるところです。

 反対に、被告人の意思決定を重視し、被告人の主張の通り弁護活動を行うことも考えられます。この場合、弁護人は偽犯人を作り出しており、真犯人の罪を免れさせていることになりますので、犯人隠避罪が成立しないかどうかの問題が生じます。実際には、正当事由があると判断される可能性もありますが、そのような確定的判断が示されたことはなく、先行きは見通せません。

 どのような選択をとるにしろ、身代わり犯人の問題が登場した際には、弁護人には難しい選択が迫られます。このような問題が生じた場合、最終的に自分の身を守るため、できる限り自身の行った判断を形に残すような行動を意識すべきです。たとえば、被告人とのやり取りを録音しておくとか、決めた内容を書面に残すなど、あとから「本当は・・・」と言われるようなことがないよう、弁護活動をする必要があります。

 

【弁護士が解説】弁護士費用の未精算はどのような問題を生じさせるか

2024-08-20

【事例】

 X弁護士は、Aさんから交通事故損害賠償事件(被害者側)の依頼を受け、保険会社との交渉に当たり、保険会社から保険金を受領しました。

 X弁護士がAさんから依頼を受けた当初、Aさんが被害者であることは明らかであり、それなりまとまった金額を受領できることが予想されたことから、委任契約締結時にはX弁護士は費用を貰わず、保険会社から取得出来た金額に対する一定の割合を報酬として差し引き、残った金額をAさんに渡すという契約を締結していました。

 X弁護士は、保険会社との示談交渉が完了し、保険金の受領が終了したにもかかわらず、Aさんに保険金の一部の支払いをしないままでいました。このようなことはどのような問題を生じさせるでしょうか。

【解説】

 「自由と正義」の末尾に、懲戒の事例が掲載されていますが、事案のように預かったお金を返金しないというケースは度々登場します。

 弁護士職務基本規程45条によれば、「弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を清算した上、預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければならない。」とされています。保険会社からの保険金は、依頼者のために第三者あら預かったお金ですから、預り金に該当し、終了時に速やかに返金する必要があります。

 事例のケースのように、保険金や遺産等のまとまったお金を返金しなかった場合、業務停止などの重い処分も十分予想されます。そのため、速やかに返金をする必要があります。

 ところで、仮に返金できない何らかの事情が発生した場合はどうでしょうか。たとえば、依頼者から「今、妻と離婚しそうで、このまま自分の口座に保険金が流れ込んでしまうと、この保険金も遺産分割の対象となってしまう可能性がある。そのため、先生がしばらく預かっておいてください」等と言われた場合には、どうすればよいでしょうか。

 この依頼者の述べている内容が法的に正確かどうかは別として、返金ができない事情(病気や行方不明など)がない以上、仮に依頼者側に事情があったとしても規程上は返金すべきでしょう。

【弁護士が解説】保証人と主債務者の両方の代理人となることは許されるか

2024-08-06

【事例】

 X弁護士は、Aさんから貸金返還請求をされている旨の相談を受けました。見ると、Aさんを被告として訴えが提起されており、Aさん自身も金銭を借りた事実や、現時点で返済をしていないことを認めています。

 ところで、この借金をするにあたり、Aさんは自身の兄のBさんを連帯保証人としていました。Aさん自身には支払い能力はなく、今後Bさんも訴えられる可能性は相当高い状況にあると思われました。Aさんからは「兄も一緒に受けてあげて欲しい」と依頼されています。

 X弁護士として、Bさんの事件も受任することに問題はないでしょうか。

【解説】

 今回の問題は、主債務者の代理人が、連帯保証人の代理人を兼ねることが許されるかという問題になります。主債務者と保証人の関係では、どちらかが返金すれば、その分相手方が返金を免れるという形になりますので、一方の出捐で他方が得するという関係を見ると、利益相反思想にも思われます。ただ、時効の援用や弁済の抗弁など、双方に共通する主張ができる可能性もあります。

 しかし、主債務者と保証人は、求償の場面以外では「相手方」という立場にはなりません。そのため、弁護士職務基本規程28条3号が問題となり「依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件」に該当することになります。

 そのため、同条の柱書にある「第三号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合」には、受任をすることができることになります。

 もっとも、途中で利益相反が顕在化した場合には、双方の代理人を辞任することになります。そのため、最初に委任を受ける際には、場合によっては双方辞任になる可能性を十分伝えた上、受任をする必要があります。

【弁護士が解説】依頼者との紛争についてはどのように対応すべきか?

2024-07-30

【事例】

 X弁護士は、Aさんから、貸金返還請求訴訟を起こされたとの相談を受けました。

 Aさんが持ってきた訴状や証拠書類を見ると、Aさんが金銭を借りたことは比較的明らかなようでした。また、Aさんに尋ねると、現金を借りたことは事実であり、現在まで返金していないと述べました。

 このような事案であったため、X弁護士は、Aさんに対して、「この事件は、争うと負けてしまう可能性が高いので、分割払いの合意などができないか和解を目指していくのがよいのではないか」と述べ、この説明に納得したAさんと委任契約を締結しました。

 期日が進み、相手方の訴訟追行態度に納得ができなくなったAさんは、突如否認をしたいと言い出しました。しかし、既に自白している事実も多く、X弁護士が難しい旨を述べると、突如としてX弁護士を解任し、弁護士費用の支払いも未払いのままに音信不通となってしまいました。

 このときX弁護士はどのように対応すればよいでしょうか。

【解説】

 弁護士と依頼者の信頼関係が破綻し、途中で委任契約を終了させるということ自体はそう珍しくありません。仮に終了させるにしても、金銭関係をきれいに清算し、後々問題が生じない形で終了できていれば、悩みも少ないと思われます。

 しかし、事例のように、突如解任され、報酬も未払いであった場合、弁護士としてどのように対応するべきか苦慮することになります。

 ここで、報酬未払いを理由として民事訴訟(調停も含みます)を起こした場合、どのような問題が生じるか考えてみましょう。

 通常、弁護士が委任契約を締結している以上、相手方の氏名や住所、電話番号といった基本的な個人情報は知っていると思われます。そのため、郵便を発送したり、訴状を作成することについては困難はないと思われます。

 ただ、訴状を作成すると、委任契約書を証拠として提出する必要があることは当然のこと、受任していた事件の推移や、解任されるに至った経緯など、「職務上知り得た秘密」(弁護士法23条)を書面に記載することになる可能性は高いと思われます。また、民事事件の記録はだれでも閲覧可能ですので、記録を閲覧した第三者に、元々の受任事件の内容を知られることになります。

 そのため、弁護士が元依頼者を訴えるということは、仮に報酬請求訴訟であったとしても、守秘義務の観点からそう簡単に肯定されるものではありません。

 このような観点から、各弁護士会には紛議調停委員会などの、依頼者との紛争を解決する機関が設置されています。弁護士職務基本規程26条では「弁護士は(中略)紛議が生じたときは、所属弁護士会の紛議調停で解決するように努める。」とされており、紛議調停委員会の利用を促しています。こちらであれば、非公開であることや、開示する相手も弁護士であることなどから、守秘義務違反の問題は少ないものと思われます。

【弁護士が解説】会社の顧問弁護士をしているときに、会社の役員・従業員とはどのような関係になるのか

2024-07-09

【事例】

 X弁護士は、長年にわたり株式会社Aの顧問弁護士を務めてきており、代表取締役を含む役員らの日常の相談や、会社の経営等について相談に乗ってきた。

⑴役員パターン

 しかし、あるとき、会社役員と株主の間に深刻な利害対立が生じ、役員らは株主代表訴訟を提起されるに至った。

 そのため、役員らは訴訟代理人を選任する必要が生じたが、これに普段から会社のことをよく知っているX 弁護士が適任ではないかという話が持ち上がった。

⑵従業員パターン

 あるとき、従業員のBが逮捕されたという報道がなされた。A社としても早急に対応する必要があったことから、X弁護士に依頼し、Bに面会してもらうこととした。

 話を聞いたA社幹部らは、Bのことを思い、このままXにBの弁護人になってもらうことを考えた。

 X弁護士として、これらの依頼を受任しても問題はないか。

【解説】

 会社の顧問弁護士を務めている場合、弁護士職務基本規程28条2号の「継続的な法律事務の提供を約している」状態にあるということができます。そのため、「会社」を相手方とする事件を受けることは、同号に該当し、同条但書の場合(依頼者・相手方の双方の同意がある場合)を除いては、職務を行ってはならないことになります。

 ⑴のようなケースの場合、株主代表訴訟の役員側代理人を務めることは、仮に株主=会社であると考えると問題が生じるということになります。たしかに、株主代表訴訟は、個々の株主の直接的利益を満たすものではなく、あくまでも会社の利益を保護するための制度です。その訴訟において、役員側の代理人となることは、会社を相手方にしているのと同じ状況になりますので許されるものではありません。

 しかし、会社法849条により、会社は役員側に訴訟参加することが許されています。そうすると、株主対会社・役員という構図の場合もあり得ますので、このような場合には役員の代理人となることが許されるのではないかという疑問もあります。これについては、『解説 弁護士職務基本規程(第3版)』では消極的な見解が取られています。このケースでも会社の代理人となることは問題ないものの、役員の代理人となることは利益相反の可能性が消滅しないとしています。ですので、受任を差し控える方が良いものと思われます。

 ⑵のケースの場合、会社が依頼者となり、従業員を弁護するというものです。従業員の起こした事件の内容が会社と全く関係ないのであれば、従業員と会社の間には何らの関係もないように思われます。

 しかし、弁護士は弁護士法上の守秘義務を負っていますので、逮捕された従業員から聴取した事項については、本人が同意しない限り会社関係者に告げることができません。対して、会社から顧問弁護士として従業員の処遇について尋ねられた場合には、会社の立場から検討してしまうことになります。こうなると公平性を疑わせる状況になりますので、場合によっては問題化する可能性があります。やはり、知り合いの弁護士に依頼するなどした方が妥当であると思われます。

【弁護士が解説】相手方との交渉の際、許される言動はどの程度であるか

2024-06-04

【事例】

 X弁護士は、Aから、自身の配偶者BがCと不貞関係にあるとの相談を受けた。相談の結果、AはCに対して慰謝料請求をするということになったが、その時点でもAとBの間の婚姻関係は破綻しているとはいえなかったほか、BとCの間に不貞行為があるという証拠が具体的にある状況ではなかった。

 このような状況で、X弁護士は、Cの1000万円の慰謝料を請求する旨の受任通知を送るとともに、Cの携帯電話に複数回電話をした上で、Cの勤務先にも電話をした。そして、折り返しをしてきたCに対して、1000万円の慰謝料を請求した上で、仮に応じなかった場合にはCの上司に通告する旨を伝えるなどした。

 X弁護士の対応に問題はないか。

【解説】

1 弁護士の義務

 弁護士である以上、法令や証拠に基づき主張をするべきなのは半ば当然です。もちろん、相談時点では事実関係が明らかではなく、当事者の一方の主張を聞いた結果、(結果的に見れば)一方的な主張となってしまうこともありますが、これはあくまでも結果論であり、やむを得ない面もあります。

 ただ、明らかに証拠が不足している状況で、断定するような形で主張をするということは許されません。

 今回のX弁護士の例の場合、婚姻関係の破綻がない以上、不貞慰謝料請求をすることになり、不貞の証明をする必要があります。ただ、Aの一方的な主張のみであり、他に根拠がないという状況では、慰謝料請求が認められる可能性はほとんどありません。せめて、婚姻関係が破綻していないのであれば、Bから話を聞き、不貞の事実を確認することは可能であったはずです。にもかかわらず、この段階で不貞慰謝料請求権の存在を前提としてCに交渉していくことは不適切と評価される可能性があります。

2 不安をあおる言動

 さて、X弁護士は、Cに対して1000万円の慰謝料請求を行っています。

 婚姻関係が破綻したという事例での慰謝料請求であったとしても、この金額が裁判所によって認定されるとは通常考えられません。もちろん、算出方法等によって金額が高めになったり低めになったりすることはあり得ますが、今回の金額はあまりにも高額です。このような高額の請求を受けたCからすれば、相当不安を感じるはずです。

 また、X弁護士は何度もCに電話をしています。もちろん交渉のために電話をすることは否定できませんが、あまりにも回数が多いようであれば、着信履歴の状況からしてもCは不安を感じると思われます。

 弁護士として相手方と交渉をすることは当然ですし、一方の代理人の立場として交渉をする以上、客観的な事実や、当然予想される帰結(たとえば「裁判になったら、弁護士さんを通常雇うことになり、お金と手間と時間がかかります」など)を告げることには問題がないと思われますが、それ以上のことについては余程の証拠がなければ告げること自体も危険であると言えます。

3 脅迫的言辞

 最後に、X弁護士は、Cの勤務先の上司に通告する旨を述べています。Cの行為は当然私生活上の行為であり、Cの仕事とは関係ありません。にもかかわらずこれを職場に告げるというのは、脅迫的な下農であり、弁護士として許されるようなものではありません。

 このような脅迫的言辞は、弁護士として当然認められるものではありませんし、悪質なものであると認定されます。もちろん、事実としてそういうことになるということを告げることは問題ありません。たとえば、(今回の事案では問題がありそうですが)「慰謝料の支払いを裁判所に命じられることになり、それを支払わなかった場合には、給与について裁判所から差押えの命令が会社に行き、会社に裁判を起こされたことが分かってしまう」というのはあり得る結末の1つであり、弁護士であれば通常想定する手段だとは思いますが、一般の方からすると脅されているように感じると思われます。このような言動まで脅迫であると認定されることはないと思われますが、それでも表現や言い方などの点には注意を要します。

 弁護士同士でも注意が必要ですが、そうでない方を相手に交渉を行う場合、弁護士の世界の常識が当然通用するわけではありません。表現や言葉遣いには十分注意をして交渉を行う必要があります。

【弁護士が解説】接見室内で被疑者・被告人に電話をさせるとどのようになるか

2024-05-14

【事案】

 X弁護士は、Aの国選弁護人として選任され、Aが逮捕されているB警察署で接見を行っていた。

 Aはいわゆる特殊詐欺で逮捕され、他にも共犯がいると考えられるほか、接見等禁止決定が付されていた。

 面会中、AはXに対して、「先生は面会室に携帯電話を持ってきていますよね。俺の彼女とどうしても話がしたいから、先生が電話をかけて、アクリル板越しに電話機を近づけて、電話で話をさせてくれませんか」と依頼を受けた。

 このような依頼を受けて問題はないだろうか。

【解説】

1 面会室内での電子機器の利用について

 警察署や拘置所で接見を行う際、携帯電話を預けるように言われることがあるほか、パソコンなどの電子機器を利用する際には事前に申し出るように言われることがあります。また、このような指示に従わなかった場合、面会の中が注されるといったケースもあるようです。

 このような取り扱いに対し、日弁連は一貫して対抗する姿勢を見せていると思われます。確かに、現在刑事事件では電子データが証拠開示されることも多いところ、仮に電子機器の利用が禁止されるとすれば、電子データを示しながらの本人と話すことができなくなってしまい、防御上の不利益は極めて大きいものとなってしまいます。その他にも、現在はパソコンでメモを取ることもそう珍しいことではありませんから、電子機器の利用一切を禁止しようとする流れには対抗する必要があります。

2 面会室内での電話の利用

 しかし、電話(LINE通話なども含みます)機能を使用するという話になると、問題の争点が変わってきます。

 弁護士との間では秘密交通権が保障されていますが、これはあくまでも被疑者・被告人と弁護士の間で防御を行うために認められた権利です。そのため、被疑者・被告人と弁護士以外の人物との間での秘密交通が認められているわけではありませんから、弁護士が外部へ電話をかけ、被疑者・被告人とその者を会話させるというようなことは認められません。

 今回の事例の場合、Aは特殊詐欺で逮捕されており、他に共犯者がいるということが容易に推察されます。Aが彼女であると称する人物が本当に彼女であるかどうかも分かりませんし、仮に彼女であったとしても事件関係者ではない保証はありません。そうすると、弁護士が罪証隠滅に加担することになる可能性もあります。

 また、今回のAには接見等禁止決定が付されています。弁護士以外の者とは面会等をさせないという状態ですから、仮に会いに来たとしても彼女は面会できない状態です。そのような状態にある被疑者・被告人と電話をさせるというのは、接見等禁止決定の趣旨にも大きく反してしまいます。

 ですので、仮にこのような依頼があった場合、X弁護士は必ず断らなければなりません。また、これに応じてしまった場合には、業務停止以上の重い処分が予想されます。最近でも類似のケースで処分を受けていることがありますので、注意を要します。

 

【弁護士が解説】利益相反規定に直接は当てはまらないような場合に受任をすることは可能か

2024-05-07

【事例】

 X弁護士は、亡Aの遺産相続に関して遺言執行者に選任され、遺言執行を終えた。

 ただ、その遺産の中にあった不動産について、Aの相続人のBとCの間で対立があり、Aの遺言上はBが相続するということになっていたのでXもその通り手続きを進め、登記上はBが所有者となったのだが、実際にはCが占有を継続しているような状況となった。

 X弁護士は、遺言執行が終了した後、Bから「先生、Cがまだ建物を占拠しているのは納得できないので、先生が私の代理人となってCを訴えてください」との依頼を受けた。

 そこで、X弁護士は、Bを代理して、Cに対して明け渡し訴訟を提起した。

【解説】

 X弁護士が最初に請け負っていた事件は、遺言執行であり、依頼者はいうなれば亡Aでした。しかし、遺言執行者は特定の相続人の代理人というわけではありませんので、相続人間では公平であるべきです。

 実際、東京高判平成15年4月24日によると「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の権利義務を有し(民法一〇一二条)、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(同一〇一三条)。すなわち、遺言執行者がある場合には、相続財産の管理処分権は遺言執行者にゆだねられ、遺言執行者は善良なる管理者の注意をもって、その事務を処理しなければならない。したがって、遺言執行者の上記のような地位・権限からすれば、遺言執行者は、特定の相続人ないし受遺者の立場に偏することなく、中立的立場でその任務を遂行することが期待されているのであり、遺言執行者が弁護士である場合に、当該相続財産を巡る相続人間の紛争について、特定の相続人の代理人となって訴訟活動をするようなことは、その任務の遂行の中立公正を疑わせるものであるから、厳に慎まなければならない。」とされており、中立性が要求されています。

 本事例と同様の事例において、戒告の処分とした例があります。遺言執行者としての任務が終了したからといって直ちにどのような事件でも受任可能になるというわけではなく、特定の相続人に偏ったものではないかどうかを検討したうえで、弁護士の公平さ(弁護士職務基本規程第5条)に反しないかを検討するべきであると言えます。形式的には利益相反の規程に反しませんが、注意を要します。

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