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【弁護士が解説】刑事事件を起こすと介護福祉士の国家資格はどうなるのか
【事例】
介護福祉士であるAさんは、ある日通勤途中、自動車で交通事故を起こしてしまいました。
幸い被害者の方は全治2週間程度のけがではあったものの、警察の方からは事件を検察庁に送ると言われました。
Aさんはどのような刑事罰を受け、それによって介護福祉士の資格はどうなるのでしょうか。
【解説】
1 交通事故の刑事罰
⑴交通事故による処分の種類
Aさんは交通事故を起こしてしまいましたが、事故の場合、色々な処分がなされます。
1つ目は、運転免許の点数です。けがの程度や運転態様にもよるのですが、免許の点数が引かれる場合があります。そして、注意しなければならないのは、点数を引かれたからといって刑事罰を受けないというわけではないところです。よく似た制度に「反則金」というものがありますが、反則金で処理されるようなものの場合は、反則金を払えば刑事罰を受けなくて済むような仕組みになっています。しかし、点数と刑事罰は全く別のものですので、点数を引かれ、刑事罰を受ける場合があります。
2つ目は刑事処分です。警察が検察庁に事件を送り、検察官が起訴をして有罪となると、何らかの刑事罰を受けることになります。刑事罰とは、死刑、無期・有期の懲役・禁錮、罰金、拘留、科料のいずれかを指していて、いわゆる「前科」に該当するようなものを指します。繰り返しになりますが、点数と刑事処分は別物ですので、両方が来る場合も珍しくありません。
⑵交通事故の刑事罰
事故により、人にけがをさせた場合には、その事故の態様次第ではありますが、過失運転致傷罪が成立します。
過失運転致傷罪は、7年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金が定められている罪です。ただ、人が死亡した場合の「過失運転致死」と同じ条文・法定刑が定められていますので、現実的に7年の懲役・禁錮になるということはあまり想定されていません。
一般的に交通事故で人にけがをさせた場合、骨折以上(おおよそ全治1ヶ月程度)のけがをさせた場合には、何らかの処罰を受ける可能性が高いと言えます。反対に、極めて軽微なけが(全治3日など)であった場合には、起訴猶予処分となることも多いようです。ただ、同じ程度のけがであっても事故態様や、不注意の内容、被害者の行動によって処分は左右されますので、必ずしもけがの程度だけで処分が決まっているわけではありません。また、被害者の方と示談をすることによって不起訴処分となることもありますから、事故を起こしたからといってすべてが処罰をされているわけではありません。
次回ご説明しますが、国家資格の多くは、刑事罰を受けたことを理由として処分の事由を定めています。そのため、国家資格に影響を与えないようにするためには、まずは刑事罰を受けない=不起訴処分となることを優先して考える必要があります。交通事故を起こしてしまった場合には、被害者の方との示談等をいち早く検討する必要があります。
【弁護士が解説】薬剤師が交通事故を起こすとどのような処分が待っているか②
【事例】
薬剤師の資格を持ち、ある病院で勤務しているAさんは、ある日通勤途中、自家用車を運転している際に前方の車に追突してしまいました。
Aさんはすぐに110番と119番をしたのですが、前方の車に乗っていたBさんが全治1週間程度のけがをしてしまったようでう。
Bさんが診断書を出したことにより、Aさんに対する過失運転致傷罪の捜査が開始しました。
このあとAさんにはどのような処分が待っているのでしょうか。
【解説】
前回に引き続き、今回は薬剤師免許に対する行政処分について解説していきます。
まず、薬剤師法8条により、行政処分は免許の取消し・3年以内の業務停止・戒告の3種類と定められています。ですので、処分を受ける場合にはこのいずれかの処分となります。
ただ、仮に薬剤師が刑事罰を受けた場合であっても、薬剤師法8条が「薬剤師が、第五条各号のいずれかに該当し、又は薬剤師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。」と定めており、必ず処分をされるわけではありません。たとえば、弁護士法7条は「次に掲げる者は、第四条、第五条及び前条の規定にかかわらず、弁護士となる資格を有しない。一 禁錮以上の刑に処せられた者」としており、禁錮以上の刑(執行猶予付きも含む)を受けてしまうと、どのような理由であれ弁護士となる資格を喪失することになっていますので、違いが分かるのではないかと思います。
次にどのような手続で処分を行うかです。薬剤師法8条を見ると「厚生労働大臣は・・・・」となっています。ですので、最終的な処分は厚生労働大臣名でなされます。このことは薬剤師免許が厚生労働大臣名であることの裏返しです。
ただ、実際には厚生労働大臣が個人で決めているわけではありません。厚生労働省内に医道審議会という審議会が設置されており、そのなかの「薬剤師分科会薬剤師倫理部会」により答申がなされ、それに従って厚生労働大臣が処分をするということになっています。たとえば、直近であれば、準強制わいせつ未遂と傷害罪を起こした薬剤師に関して免許取消となっています。
とはいえ、この医道審議会も東京で開かれているだけですから、全国にいる薬剤師に聞き取りを行えるわけではありません。そのため、薬剤師法8条5項により、都道府県知事が聞き取りを行い、これを厚生労働大臣が行ったことに代えることとされています。しかし、都道府県知事が聞き取りをしているわけではなく、実際には都道府県の担当部局がこれを行うということになっています。
ですので、個々の薬剤師の方には、都道府県の医政担当部局から呼び出しがあり、そこで聴聞という手続きが開かれ、その内容が知事→医道審議会→大臣と上がっていくという仕組みになっています。
今回のような交通事故の場合、どのような処分となるかは「行政処分の考え方」が事前に公表されています。過失運転致傷については、基本的には戒告の取扱いにするとされています(⑹ア)。ただ、情状が軽ければ処分がなされないこともあり得ると思われますし、反対に飲酒運転や危険運転、ひき逃げといった重い場合には処分がより重い処分となることが予想されます。
処分の軽減を図るためには、最初の都道府県への聞き取りへの対応が必須です。むしろ、ここでしか話を聞かれませんので、都道府県での対応が鍵となります。有利な処分を得るためには、まずは刑事事件でより軽い処分を得て、それをもって都道府県の聞き取りに臨む必要がありますので、刑事の段階から処分を目標に示談交渉等を行う必要があります。これらの交渉には難しい点もありますので、まずは弁護士にご相談ください。
【弁護士が解説】薬剤師が交通事故を起こすとどのような処分がなされるのか①
【事例】
薬剤師の資格を持ち、ある病院で勤務しているAさんは、ある日通勤途中、自家用車を運転している際に前方の車に追突してしまいました。
Aさんはすぐに110番と119番をしたのですが、前方の車に乗っていたBさんが全治1週間程度のけがをしてしまったようでう。
Bさんが診断書を出したことにより、Aさんに対する過失運転致傷罪の捜査が開始しました。
このあとAさんにはどのような処分が待っているのでしょうか。
【解説】
Aさんは交通事故を起こしてしまいました。このような場合、Aさんにはいろいろな方面から処分がなされます。今回は、どのようなところから何を言われるのかを概観します。
1 刑事
まずは刑事事件です。これは警察が捜査し、その後検察庁に送検され、最終的には懲役・禁錮・罰金といった刑罰を受けるような手続きです。ただし、検察庁が「今回限りは処罰しません」という風に決定した場合には、いわゆる「起訴猶予」となります。
交通事故の場合には、過失運転致傷罪が成立するかが問題となります。
刑事事件では、警察官・検察官とやり取りをすることになります。後から述べる「免許」の手続きでも警察官が出てきますが違う部門の警察官ですし、免許の手続きは免許センターで行われることが多いのに対し、刑事事件で対応する警察官は事故現場を管轄する警察署の警察官となります。
2 民事事件
次に民事事件です。
⑴損害賠償
交通事故を起こした以上、民法709条、自動車損害賠償保障法3条に基づき、加害者は被害者に対して賠償をする義務が生じます。これを「損害賠償」等と呼んでおり、治療費や慰謝料の支払いなどを行います。
ただし、多くの場合は任意保険に入られていると思いますので、そのような場合には保険会社が代わりに賠償をしてくれることになっています。もし任意保険に入っていない場合でも、自賠責保険は強制加入ですから、人身事故に関する損害については、一定額までは自賠責保険会社が対応してくれることになっています。
⑵雇用関係
仮にAさんが民間病院に勤務している場合、勤務先の法人等から交通事故を起こしたことにより何らかの処分を受ける可能性があります。戒告や訓告、けん責、減給、停職、解雇など、処分の種類は様々です。処分の内容については、各法人により異なりますので、就業規則を確認する必要があります。仮にこの処分に不服がある場合には、労働審判や民事訴訟といった法的手段により争うことになりますが、これも民事事件に分類されます。
3 行政事件
最後に行政事件です。
⑴雇用関係
仮にAさんが公立病院に勤務している場合、先ほどの民間病院とは異なる場合があります。
Aさんが公務員の地位を有している場合には、Aさんの労働者の地位に対する処分は「行政処分」となります。
地方公務員の場合、その処分は地方公務員法27,28条で定められています。「降任、免職、休職、降給」と法定されており、それ以外の処分は許されていません。なお、所属によっては「文書注意」や「所属長注意」というような注意がなされることもありますが、これは法律の定める処分ではなく、あくまでも内部的なものということになります。
⑵運転免許に対する処分
交通事故を起こした場合、運転免許の点数が引かれることになります。また、事故態様や累積の点数次第では、免許停止や免許取消の処分を受ける場合もあります。
これらの処分は、各都道府県の公安委員会が行います。運転免許証の右下には各公安委員会の印が押してありますが、反対に処分を行うのも公安委員会となります。ただ、実際には運転免許センターに呼び出され、センターの警察官により対応されるため、実質的には警察官により免許の処理もされているように見えます。
⑶薬剤師免許に対する処分
最後に、薬剤師の国家資格について解説します。
薬剤師の国家資格は、一定の理由があると取り消されるなどの処分を受けることとなっています。
薬剤師法8条がその処分を決めており、取消し、業務停止、戒告の3つの処分が定められています。
薬剤師に対する処分は、法文上厚生労働大臣が処分をすることになっていますが、薬剤師本人の聞き取りを行うのは都道府県の担当部局です(薬剤師法8条5項)。そのため、呼び出しは都道府県からくることになります。
4 まとめ
これまで見てきたように、1つの交通事故を起こすだけで、多数の部門から呼び出し・聞き取り・処分がなされることになります。
このような多方面からの要求に、これまで法律と無縁であった方が対応することは困難だと思われます。
事故を起こしてしまった場合、まずは弁護士に相談し、どのように対応することが適切か、方針を考えましょう。次回は薬剤師免許についての手続きを解説します。
看護師の懲戒事由にはどのようなものがあるのか
【事例】
看護師であるAさんは、帰宅途中に車を運転している際、誤って赤信号を見落とし、横断歩道上の歩行者を跳ね飛ばしてしまいました。
慌てたAさんは、その場で停車することなく、そのまま帰宅してしまい、後日捜査を遂げた警察官により逮捕されてしまいました。
Aさんの看護師資格はどのようになってしまうのでしょうか。
【解説】
保健師助産師看護師法14条1項によると、「保健師、助産師若しくは看護師が第九条各号のいずれかに該当するに至つたとき、又は保健師、助産師若しくは看護師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。」としています。そこで9条を見ると、
一 罰金以上の刑に処せられた者
二 前号に該当する者を除くほか、保健師、助産師、看護師又は准看護師の業務に関し犯罪又は不正の行為があつた者
三 心身の障害により保健師、助産師、看護師又は准看護師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
四 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
が懲戒事由とされています。
刑事罰の場合、1号により「罰金以上の刑」であれば、何らかの処分を受ける可能性が生じることになります。
それでは、今回のAさんの行為の刑事罰を考えてみましょう。
Aさんがしてしまった行為は、いわゆるひき逃げです。ひき逃げは、それ自体が道路交通法違反の罪となりますが、被害者がけがをしていた場合には過失運転致傷罪という別の犯罪が成立するほか、ひき逃げの罪の法定刑も格段に重くなってしまいます。
最終的にAさんに与えられる刑罰は、被害者のけがの程度によるものの、仮に軽いけがであったとしても執行猶予付きの判決となり、罰金刑ではおさまらない可能性が高いと思われます。
ところで、看護師等の行政処分については、予め基準が公表されています(こちら。)
この基準は作られた年度の関係で、交通事故は「業務上過失致死傷」となっています。ただ、その内容を読むと、ひき逃げの場合厳しく責任を問われると述べる等、交通事故それ自体について触れているものではありません。確かに、事故は起こそうと思って起こしているわけではなく、だれしも起こしてしまう可能性があるものですから、事故だけを理由として重い処分をすることは躊躇われます。実際、単なる事故ではそれほど処分されていないようです。しかし、ひき逃げ事案となると、各段に処分が重くなってしまいます。
事故を起こした場合、まずは通報することが、最終的に資格を守るためにも必要です。交通事故だけであれば、被害者の方と示談交渉を行い、示談が成立すれば不起訴処分となる可能性があります。ですので、事故を起こした場合には、速やかに保険会社や弁護士に相談を行うことが必要です。
【弁護士が解説】依頼者との紛争についてはどのように対応すべきか?
【事例】
X弁護士は、Aさんから、貸金返還請求訴訟を起こされたとの相談を受けました。
Aさんが持ってきた訴状や証拠書類を見ると、Aさんが金銭を借りたことは比較的明らかなようでした。また、Aさんに尋ねると、現金を借りたことは事実であり、現在まで返金していないと述べました。
このような事案であったため、X弁護士は、Aさんに対して、「この事件は、争うと負けてしまう可能性が高いので、分割払いの合意などができないか和解を目指していくのがよいのではないか」と述べ、この説明に納得したAさんと委任契約を締結しました。
期日が進み、相手方の訴訟追行態度に納得ができなくなったAさんは、突如否認をしたいと言い出しました。しかし、既に自白している事実も多く、X弁護士が難しい旨を述べると、突如としてX弁護士を解任し、弁護士費用の支払いも未払いのままに音信不通となってしまいました。
このときX弁護士はどのように対応すればよいでしょうか。
【解説】
弁護士と依頼者の信頼関係が破綻し、途中で委任契約を終了させるということ自体はそう珍しくありません。仮に終了させるにしても、金銭関係をきれいに清算し、後々問題が生じない形で終了できていれば、悩みも少ないと思われます。
しかし、事例のように、突如解任され、報酬も未払いであった場合、弁護士としてどのように対応するべきか苦慮することになります。
ここで、報酬未払いを理由として民事訴訟(調停も含みます)を起こした場合、どのような問題が生じるか考えてみましょう。
通常、弁護士が委任契約を締結している以上、相手方の氏名や住所、電話番号といった基本的な個人情報は知っていると思われます。そのため、郵便を発送したり、訴状を作成することについては困難はないと思われます。
ただ、訴状を作成すると、委任契約書を証拠として提出する必要があることは当然のこと、受任していた事件の推移や、解任されるに至った経緯など、「職務上知り得た秘密」(弁護士法23条)を書面に記載することになる可能性は高いと思われます。また、民事事件の記録はだれでも閲覧可能ですので、記録を閲覧した第三者に、元々の受任事件の内容を知られることになります。
そのため、弁護士が元依頼者を訴えるということは、仮に報酬請求訴訟であったとしても、守秘義務の観点からそう簡単に肯定されるものではありません。
このような観点から、各弁護士会には紛議調停委員会などの、依頼者との紛争を解決する機関が設置されています。弁護士職務基本規程26条では「弁護士は(中略)紛議が生じたときは、所属弁護士会の紛議調停で解決するように努める。」とされており、紛議調停委員会の利用を促しています。こちらであれば、非公開であることや、開示する相手も弁護士であることなどから、守秘義務違反の問題は少ないものと思われます。
係争権利の譲り受けが訴訟法上問題となった事案
1 事案の概要
XはYに対して土地を貸していたが、この賃貸借契約に対してXが契約解除の意思表示をした。
しかしその後もYは延滞賃料を支払わず、この賃貸借契約に基づく紛争は解決していなかった。
A弁護士はXからこの紛争について訴訟委任を受けていたが、その途中で訴訟の目的物である土地の一部を買い受けることを予約した。
このような予約をしている弁護士の行った訴訟行為が問題となった。
(最判昭和35年3月22日の事案)
2 判旨
ところで、弁護士法二八条は弁護士が事件に介入して利益をあげることにより、その職務の公正、品位が害せられまた濫訴の弊に陥るのを未然に防止するために設けられた規定であるから、たとえ弁護士が同条に触れる取引行為をしたとしても、その場合に右取引行為の私法上の効力が否定されまたその弁護士が同法七七条所定の刑罰を受けるのは別論として、右取引行為の目的となつた権利に関する訴訟委任およびこれに基く訴訟行為が同二八条により直ちに無効とされるものではないと解するのを相当とする。されば、弁護士AがXとの間でした右土地売買予約が前記法条に違反するとしても、これがためXがA弁護士に対してした訴訟委任およびA弁護人がその代理人としてした訴訟行為は無効となるものではない
3 説明
今回の行為が弁護士法28条に違反すること自体は認定されています。
ただ、第1審の東京地裁も「右法条〔28条〕は同法第二十五条のように弁護士の職務活動を制限するものではなくて、弁護士の品位の保持と職務の公正な執行を担保するために抜本的に弁護士の係争権利の譲受を禁止し、その違反行為はこれを無効とする趣旨の規定であるから、右売買の予約が仮に同法第二十八条に牴触するものとしても、AはこれがためにXから本件訴訟を受任することができなくなるものではない」としています。つまり、あくまでも私法上の問題である以上、訴訟行為を無効とする理由はないというものです。
もっとも、このような行為が懲戒事由に該当することには注意を要します。
非弁提携が問題となった事案
1 事案の概要
元々の事案は、原告である大手貸金業者が、被告(個人)に対してキャッシングに基づく貸金契約の返済を求めた事件でした。
しかし、これに対して被告が原告に対して反訴提起しました。この反訴提起は、被告が、原告に対して不当利得返還請求権を有する別の人物からその債権を譲り受け、譲り受けた不当利得返還請求権を元に起こしたものでした。
この債権譲渡について、弁護士法72条に違反するものではないかということが問題となりました。
(東京地判平成17年3月15日の事案)
2 判旨
まず、弁護士法七三条は、「何人も、他人の権利を譲り受けて、訴訟、調停、和解その他の手段によって、その権利の実行をすることを業とすることができない。」と規定しているところ、被告が、本件債権譲渡を「業」としてしたことを認めることはできないから、本件債権譲渡が同条に直接違反するものとはいえない。
また、弁護士法二八条は、「弁護士は,係争権利を譲り受けることができない。」と規定しているところ、本件債権譲渡の法律主体は被告であるから、やはり、本件債権譲渡が同条に直接違反するものとはいえない。
また、弁護士法二五条の趣旨を受ける弁護士倫理二六条二号は、弁護士が「受任している事件と利害相反する事件」については職務を行ってはならないと規定しているところ、本件債権譲渡を前提とした反訴の提起自体が、被告及びApの債務整理受任事件と直接利害相反するものと認めるのは困難である。
さらに、弁護士法七二条本文は、「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件(中略)その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」と規定しているところ、被告が本件債権譲渡を受けて反訴を提起したこと自体が同条によって直接禁止される行為であるということも困難である。
そうすると、本件債権譲渡に関する被告又は被告訴訟代理人らの行為について、これらの各規定の直接適用はできないものというほかない。
もっとも、弁護士法七三条の趣旨は、非弁護士が権利の譲渡を受けて事実上他人に代わって訴訟活動を行うことによって生ずる弊害を防止し、国民の法律生活に関する利益を保護しようとする点に、また、弁護士法二八条の趣旨は、弁護士が事件に介入して利益を上げることにより、その職務の構成、品位が害せられることを未然に防止しようとする点に、それぞれ存するものと解される。
また、弁護士倫理二六条二号の趣旨は、弁護士が、法律上及び事実上の利益・利害が相反する事件について職務を行うことを防止し、もって当事者の利益を保護するとともに、弁護士の品位を保持し、さらには、弁護士の職務の公正さと弁護士に対する信用を確保しようとする点に存するものと解される。
さらに、弁護士法七二条本文前段の趣旨は、弁護士業務の誠実適正な遂行の担保を通して当事者その他の関係人の利益を確保し、もって、法律秩序全般を維持し、確立させようとする点に存するものと解される。
ところで、前記に認定した本件紛争の経緯に、被告が本人尋問に出頭しないことにつき民事訴訟法二〇八条の規定の趣旨を併せると、本件債権譲渡は、Bら法律事務所に所属する弁護士主導のもとに斡旋されたものであることが明らかである。
そして、これら一連の行為を実質的に見れば、法律事務所の弁護士らが主体となり、報酬を得る目的で、業として、自らが債務整理を受任した依頼者のうち原告に対して不当利得返還請求権を有している不特定多数の者から原告に対して貸金債務を負担している不特定多数のものに同不当利得返還請求権を譲渡させ、これらの権利の実現を訴訟等の手段を用いて実行しているものということができる。
かかる行為は、前記の弁護士法七三条及び二八条の趣旨に抵触するものというべきであり、かつ、斡旋の際の説明内容や、対価の額及び支払態様、これらと債務整理事件の報酬との関係によっては、原告に対して不当利得返還請求権を有している不特定多数の依頼者の利益を損ねるという、前記の弁護士倫理二六条二号の趣旨に具体的に反するおそれが高い、看過し難い行為であるというべきである。
そうすると、かかる債権譲渡行為の私法上の効力を認めてこれを放任することは、不特定多数の関係人の利益を損ね、広く弁護士業務の誠実適正な遂行やこれに対する信頼を脅かし、ひいては法律秩序を害するおそれがあると認められるのである。
よって、かかる態様による債権譲渡は、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。
3 説明
なぜ弁護士事務所がこのようなことをしたのかということについて明らかにはされていませんが、おそらく訴訟手数料の集約や、手続の負担を軽減する(同じ相手方に対して多数の訴訟が係属するより、一本の訴訟内でまとめて解決したほうが負担が少ない)という目的ではないかと思われます。
このとき、弁護士自身が譲り受けるわけにはいかない(係争権利の譲り受けとなる)ため、依頼者の内の一部の者に権利を集約してしまうという手法がとられたものと思われます。
しかし、このような手法は当然法の潜脱ということになりますから、上記判旨の通り無効されました。
係争権利の譲り受けが問題となった事案
1 事案の概要
BはCとの間で、Cが実施する事業について、Bにとって必要な経費をCが負担し、Cがその経費をBに送金して支払う旨の契約を締結した。
A弁護士は、Bから上記契約に基づく債権の回収を依頼され、Cに対して訴訟の提起を行うこととしたが、その前にBからその権利を譲り受けた、A弁護士がこのようなことをした理由は、Bが日本国内に登記した支店や営業所を持たない外国法人であったため、民事訴訟法上の訴訟手続の困難を回避するためであった。
譲り受け後、A弁護士は自ら原告となりCに対して本案訴訟を行い、債権を保全するため仮差押えを行った。
(最決平成21年8月12日の事案)
2 判旨
債権の管理又は回収の委託を受けた弁護士が,その手段として本案訴訟の提起や保全命令の申立てをするために当該債権を譲り受ける行為は,他人間の法的紛争に介入し,司法機関を利用して不当な利益を追求することを目的として行われたなど,公序良俗に反するような事情があれば格別,仮にこれが弁護士法28条に違反するものであったとしても,直ちにその私法上の効力が否定されるものではない(最高裁昭和46年(オ)第819号同49年11月7日第一小法廷判決・裁判集民事113号137頁参照)。そして,前記事実関係によれば,弁護士である抗告人は,本件債権の管理又は回収を行うための手段として本案訴訟の提起や本件申立てをするために本件債権を譲り受けたものであるが,原審の確定した事実のみをもって,本件債権の譲受けが公序良俗に反するということもできない。
3 解説
原審は、「抗告人が本件債権を譲り受けた当時,本件負担金の支払を求める訴訟等は係属していなかったから,本件債権の譲受けが,弁護士法28条に違反する行為であるとはいえない。しかし,弁護士の品位の保持や職務の公正な執行を担保するために弁護士が係争権利を譲り受けることを禁止した同条の趣旨に照らせば,本件負担金の支払を求める訴訟等が係属していなかったとしても,本案訴訟の提起や保全命令の申立てをすることを目的としてされた弁護士による本件債権の譲受けは,特段の事情がない限り,その私法上の効力が否定されるものというべきであり,本件債権の譲受けは無効であって,抗告人が本件債権を有しているとはいえない。」という理由で効力を否定していましたが、最高裁はこれを覆し、弁護士法28条違反(ないしこれに類する事態)だけでは直ちに民法90条に反するものではない旨を判示し、高裁に事件を差し戻しました。
なお、この最高裁決定には宮川裁判官の補足意見があり、その中ではこのような事態が民法90条に違反しないとしても、懲戒事由たる「品位を失うべき非行」には該当しうることが述べられています。
懲戒処分を受けた者がした行為の効力
1 業務停止以上の処分を受けた場合
業務停止、退会命令、除名の処分を受けた場合、業務停止中はその期間弁護士の業務を行うことができなくなりますし、退会命令、除名の処分を受けた場合には効力発生後からは弁護士登録がなされていない状態となりますから、当然弁護士としての業務を行うことはできなくなります。
そのため、このような弁護士としての業務が行えない状態になっている期間に弁護士としての業務を行った場合、これが弁護士法上違法なものであることは明らかだと思われますが、それ以外(たとえば民事訴訟や刑事訴訟など)の場面ではどのように扱うべきかが問題となります。
2 民事訴訟における行為の効力
民事訴訟の代理人として、弁護士たる業務を行えない者がなした行為は、訴訟法上どのように解釈されるべきでしょうか。
民事訴訟法上は、一定の例外は存在するものの、弁護士代理の原則が存在します(民事訴訟法54条1項)。これを厳格に解釈すると、弁護士ではない者が代理して行った訴訟行為は、一切無効なものであると考えることになります。
しかし、これを厳密に考えすぎると、それまでに訴訟が進行し、相手方や裁判所が対応してきた訴訟行為も含めて一切無効という解釈になり、手続の安定性を害することになってしまいます。
そのため、弁護士たる業務を行えない者を訴訟から排除しなければならないことには異論はないものの、これまでに行ってきた訴訟行為を有効と判断するかについては解釈が分かれています。
この点について、最判昭和42年9月27日では、その代理人が弁護したる資格を喪失している状態(業務停止中)を看過してなされた訴訟行為について、直ちに無効になるものでない旨判示されました。この事例は、業務停止中の訴訟行為であったため、期間が経過すれば再び弁護士に戻る者ということになりますので、除名や退会命令の場合に同様の判断を行うことができるかどうかは判然としません。ただ、最高裁は、手続の安定性確保のため、上記のような結論を採用しました。
3 刑事訴訟
憲法37条により、被告人には弁護人を依頼する権利が与えられています。このような弁護人の地位は相当公益性が高く、弁護士資格が当然の前提となるように思われます。
そのため、たとえ業務停止中であっても、弁護士業務が行えない状態でなされた訴訟行為等については無効であると考えるべきですし、被告人の追認も同様であると思われます。
なお、被疑者については弁護人選任権が憲法上付与されているわけではありませんが、憲法31条に基づき刑事訴訟法が制定されていると考えられますので、同様に理解してよいのではないかと思われます。
4 訴訟外の行為
除名、退会命令を受けた元弁護士が弁護士同様有償で法律上の業務を行うことは、弁護士法72条に違反することになります。そして、この弁護士法72条は、公益性の高い規定であると考えられますので、弁護士法72条に違反してなされた行為については民法90条により無効となる可能性があります。
反対に、業務停止中の弁護士が代理して行った訴訟外の行為については、あくまでも業務停止中には弁護士たる資格を喪失するわけではないので、そのような代理行為は懲戒事由とはなるものの、弁護士法72条に違反するものではありません。しかし、国民を非弁護士から保護するという弁護士法72条の規定の趣旨からすると、懲戒の処分により業務を停止された弁護士に代理行為を行わせるのは適当ではないと思われますので、このような場合にも無効となる可能性はあるように思われます。
非弁行為の私法上の効力が問題となった事案
1 事案の概要
AはBとの間で、債権の取り立て及び債権取り立てのための訴訟について弁護人を選任する等解決の一切を委任され、取り立てに成功した場合には訴訟費用を除いた金額の半額を受け取るという契約を締結した。
この委任契約は有効なものであるかどうか、弁護士法72条違反が私法契約に与える影響が問題となりました。
(最判昭和38年6月13日の事案)
2 判旨
弁護士の資格のないAが右趣旨のような契約をなすことは弁護士法七二条本文前段同七七条に抵触するが故に民法九〇条に照しその効力を生ずるに由なきものといわなければならないとし、このような場合右契約をなすこと自体が前示弁護士法の各法条に抵触するものであつて、右は上告人が右のような契約をなすことを業とする場合に拘らないものであるとした原判決の判断は、当裁判所もこれを正当として是認する。
3 解説
この判決は特に理由は述べていませんので、最高裁が是認した原審(福岡高判昭和37年10月17日)の判断を見てみます。
「思うに弁護士法第七二条は、弁護士でない者は一般に法律家としての識見、能力に欠くるところがあるので、かような者が報酬を得る目的を以て法律事務の取扱をしたり、あるいはその周旋を業とすることを放任すれば、法律生活における国民の正当な利益を害する虞があり、また司法の健全な運用、訴訟の能率向上、及び人権の擁護等の要請上弁護士を公認した同法の趣旨に反するとの見地から右のような非弁護士の行為を禁止した公益的規定と解せられ、その違反行為に対しては同法第七七条により刑罰の制裁を以て臨んでいるのであるからこれに違反する事項を目的とする契約は、公の秩序に反する事項を内容とし民法第九〇条に照してその効力を生ずるに由なきものといわなければならない。」
このように、弁護士法72条の趣旨から考え、国民の正当な利益を確保するため、本条違反の行為は民法90条により無効となるとされました。