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法制度上の枠組み
まず、法制度上どのような場合に処分が可能かを見ておきます。
(1)法的根拠:保健師助産師看護師法
- 保健師助産師看護師法では、第14条において、看護師(および保健師・助産師)が以下のいずれかに該当したとき、厚生労働大臣は一定の処分を行うことができると定められています(戒告・3年以内の業務停止・免許取消)。
- 具体的には、「第9条各号のいずれかに該当するに至ったとき」や、「看護師としての品位を損するような行為があったとき」などが処分事由とされています。
- 第9条には、「罰金以上の刑に処せられた者」や「業務に関し犯罪または不正の行為があった者」などが列挙されています。
- つまり、刑事上の有罪判決(少なくとも罰金以上)を前提とするケースが処分対象になりやすく、さらに看護師としての業務に関連する行為・職業的道義性・品位問題が問われるケースも含まれます。
(2)処分の種類
看護師に対して取りうる行政処分には主として以下のものがあります(重さの順に並べると):
- 戒告(もっとも軽い処分)
- 業務停止(3年以内)
- 免許取消し(最も重い処分)
- なお、行政指導レベルで「厳重注意」等が行われることもあります(これは処分ではなく、行政上の注意喚起)。
また、処分を受けた看護師には再教育研修が命じられることがあります。
(3)処分手続と医道審議会の関与
- 看護師に対する行政処分については、厚生労働省が医道審議会(保健師助産師看護師分科会・看護倫理部会)に諮問し、その答申を受けて処分を決定するのが通例です。実際、厚労省は過去に看護師・保健師の処分を医道審議会答申を踏まえて決定してきています。
- 審議会での議事要旨には、「看護師等行政処分関係審議」として、諮問された事案数と答申内容(処分/行政指導)が定期的に公表されています。例えば、2024年11月には36名が諮問され、24名に処分、12名に行政指導という答申がなされた例があります。
- 2025年8月の審議要旨では、33件を諮問し、うち5件で免許取消が投信されています。
- この医道審議会の手続先立ち、都道府県担当課を通じて本人から意見陳述(弁明聴取)を行う手続が設けられており、本人にとって有利な事情を主張・立証する機会が制度的に保障されています。
刑事事件の分類別リスク
どの程度の刑事事件か(軽微なもの、業務関連、重大犯罪など)によって、処分リスクや量刑・免許への影響が変わってきます。
刑事行為の種類 | 免許処分リスクの目安 | 考慮要素・典型的判断パターン |
---|---|---|
軽微な交通違反、軽犯罪(罰金未満) | リスクは低い | 「罰金以上の刑」が処分対象であるため、軽微な事案は処分対象外とされやすい |
罰金刑以上の有罪判決 | 処分対象となる可能性が高い | 被処分者の反省状況や再発防止策、被害者との示談、業務関連性などを考慮される |
看護師業務と関連する違法行為(業務上横領、薬剤不正使用、説明義務怠慢、暴行等) | 高リスク | 看護師業務との因果関係・職業倫理性・信頼性の損傷度合いが重視される |
性犯罪、重大暴力犯罪(傷害、強制性交等、殺人など) | 非常に高いリスク | 社会的信頼失墜性・被害の重大性・職業的品位損傷性が強く問われ、免許取消の可能性が大きい |
薬物犯罪(覚醒剤、麻薬等) | 非常に高いリスク | 医療業務に不可欠な信頼性・健康責任性を侵す行為と判断されうる事例が多い |
実際、看護師等に対する行政処分の実績を集計した研究では、2001~2020年度で看護師364名(合計で保健師・助産師含め404名)が処分を受けており、年平均で約20名弱が行政処分対象になっています。
また、ニュース事例でも、覚せい剤取締法違反、傷害、ストーカー規制法違反などで免許取消を受けた看護職の例が複数報じられています。
実際に生じうる問題・リスク
刑事事件を起こすことによって、看護師免許・業務に関して具体的にどのような問題が起こりうるかを挙げておきます。
- 免許取消または停止
最悪の場合、看護師免許が取り消され、以後看護師として業務できなくなる可能性があります。あるいは、一定期間(3年以内)の業務停止処分がなされることがあります。 - 業務停止(期間制限)
免許取消までは至らないが、一定の期間看護業務を停止させられる処分がなされ得ます。過去には業務停止3年の事例もあります。 - 戒告
最も軽い処分として、行為の非難・戒めとしての「戒告」がなされることがあります。刑事的には有罪にはなったが、処分としては最軽度にとどめられた例です。 - 行政指導(厳重注意)
刑事事件とまでは言えない、あるいは処分に至るほどではない事案に対し、行政的注意や指導として「厳重注意」がなされることがあります。医道審議会の答申例として、一部事案は処分ではなく行政指導とされた例があります。 - 再教育研修命令
処分を受けた看護師に対して、行政処分と一体で再教育研修を命じられることがあります。これは看護師の職務遂行能力や倫理意識の回復を図る目的です。 - 社会的・職業的信用喪失
免許処分とは別に、勤務先や患者、同僚からの信頼を失い、解雇や就職困難、配置転換、昇進停止といった不利益を被る可能性があります。 - 再取得・再登録の難しさ
免許取消となった後、再度免許を取得する(再交付を申請する)ことは制度上可能であるケースもありますが、実際には許可されにくい、要件が厳しい、長期の欠格期間が課せられるなどのハードルがあります。
判断に影響を与える要素・“情状”要因
看護師が刑事事件で有罪となったとしても、どの処分が選ばれるか、また処分の重さがどうなるかは一律ではなく、多くの情状要素が考慮されます。主なものを挙げると:
- 犯行の動機、態様(悪質性、反復性、計画性など)
- 被害の程度、被害者救済・示談状況
- 看護師業務との関連性(業務行為中/業務外かどうか)
- 被処分者の年齢・勤務年数・これまでの勤務態度・職務実績
- 反省・更生意欲、再発防止策の有無
- 社会的影響度・信頼性の侵害度
- 適切な弁明聴取など、本人主張・証明書面の充実度
これらの要素をもとに、医道審議会は個別事案を審議・答申を行います。
看護師が刑事事件を起こした場合、最も重大なリスクは看護師免許の取消しですが、それ以前段階として業務停止、戒告といった処分がありえます。処分に至るか、また処分が軽重どこまでかは、事件の性質、業務との関係性、被害・反省の有無、社会的信頼の喪失度合いなどによって変動します。
したがって、仮に刑事的に起訴されそうあるいは既に起訴されている段階であれば、早期に適切な弁護士を介して被害者との示談交渉、反省・更生計画提示、証拠整備などを行い、免許処分リスクを最小化する対応が極めて重要となります。