【事例】
X弁護士は、Aから建物収去土地明渡の依頼を受けました。
Xは、まずは交渉したほうが経済的負担が少ないと考えたため、土地上に建物を建築して占有しているBに直接会いに行きました。
Bはその建物内にいたのですが、X弁護士との話が全くかみ合わず、建物内も相当荒れ果てていました。少なくともX弁護士の話はほとんど理解できていないような様子でしたし、書類がたくさん散乱している様子から見ても、認知症ではないかと思われる状態でした。
以上のような様子を見て、X弁護士はこれ以上話し合っていても仕方ないと考え、Bを被告として建物収去土地明け渡し訴訟を提起しました。
すると、訴状は送達されたようですが、Bからは答弁書の提出もなく、そのまま欠席判決となってAが勝訴しました。
そしてこの勝訴判決に基づいて、Xは強制執行を断行しましたが、執行当日もBは以前と変わりない様子で、Xのことすらも忘れているようでした。
X弁護士の対応に問題はあるのでしょうか。
【解説】
依頼者Aからすれば、これ以上ない結果をもたらしており、Xの行為に問題はなさそうです。
ただ、XがBに会いに行った段階で、訴訟提起をしたとしてもBが防御権を行使することは不可能であろうと予想される状態でした。そのため、Xが訴訟提起をすればほぼ確実に欠席判決となり、勝訴できるという見込みがあったもので、Xからすればある意味当然の結果とも言えます。
弁護士としてこのような対応をすることが問題ないのでしょうか。
この事案は、実際にあった事案を少し改変しています。実際の事案では、弁護士職務基本規程5条、6条、21条、74条に違反するとされています。
相手方を利するような行為をすることは、依頼者に対する誠実義務との関係で緊張関係が生じます。しかし、弁護士である以上、無防備の人間を相手に法的手段をとることは、品位を失うと言われてしまう可能性があります。
今回の事例の場合、Bの戸籍等を調査し、親族がいるようであれば成年後見の申立てを依頼したり、仮に親族がいないような場合であっても、市町村長による申立ての手段を検討するなど、Bの防御権を行使させる方法は存在するように思われます。そのため、防御権行使のための検討をしなかった場合、X弁護士が懲戒を受ける可能性も否定できません。
もっとも、弁護士がどの程度Bの状況を認識していたのか、Bが受ける不利益の程度はどのくらいであるのかによっても結論は左右されます。建物収去土地明渡の場合、簡単に言うと住むところがなくなり、財産を失うわけですから、その不利益は相当大きいものといえます。不利益が大きくなればなるほど、防御権を行使させsる必要性が高いと言えます。反対に、Bに対する認識が小さいほど、Xとして取りうる手段を検討する機会が少なくなってきますので、Xが訴訟提起することがやむを得ないと評価されるようになります。
弁護士としては、勝てばよいという考えだけではなく、法律家としてその振る舞いが適切であるかということも評価の基準となっていることを意識する必要があります。