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【事例】
X弁護士は、A株式会社の顧問弁護士を長らく務めており、会社の代表取締役Bからの信任も厚かった。
ある日、X弁護士のもとへ、Bから「大変だ。うちの従業員が何かをして逮捕されたらしい。先生が弁護活動してもらえませんか」という連絡があり、実際に警察署に行ってみると、A社に勤務しているCが盗撮の疑いで逮捕されていた。Cに話を聞き、弁護人をどうするのか尋ねたところ、社長の意向に従うということであったので、そのままXがCの弁護人となることになり、AとXの間で委任契約が締結されることとなった。
1 X弁護士として気を付けるべきことはなんでしょうか。
2 後にA社において、Cを懲戒処分とするべきかの議論が行われました。Xのところへも、Bから「C君について、懲戒解雇相当だと思うのが、どうだろう」という質問がありました。Xとしてはどのように対応するべきでしょうか。
【解説】
刑事事件の被疑者、被告人の方に、勤務先の顧問弁護士が面会を行い、そのまま弁護人として選任されるということはそれほど珍しくありません。しかし、注意すべき点があります。
1 守秘義務違反
まず、弁護士には弁護士法上の守秘義務が課せられます。弁護士職務基本規程では「依頼者について」という文言となっていますが、一般的な解釈としてはこの対象は限定されていません。
今回でいえば、委任契約者はBということになりますが、基本的に秘密にしたい事項が多いのはCとなります。また、委任契約の当事者でなかったとしても、XはCの弁護人となりますので、Cに関する秘密は守秘義務の対象となります。
そうすると、Cの秘密は、たとえ委任契約を締結しているのがBであったとしても、Bに対しても口外してはならないということになります。
会社の顧問弁護士が従業員の事件を受けること自体は否定されるものではありませんが、守秘義務の点が問題となりますので注意が必要です。特に、このようなケースでは、C自身が「お金を払ってもらっているのだから話をしなければならない」と勘違いしている可能性も相応にあります。ですので、Cと面会する際には、守秘義務の存在や会社に伝えていい範囲などを十分に確認しておく必要があります。
2 利益相反
Cの性的姿態等撮影被疑事件の弁護人であったXですが、今度はCに懲戒解雇の話が持ち当たっています。
Cの刑事事件と、Cを解雇するという話では、当事者は同じCではあるものの、事件の種類や手続きは全く異なります。このような場合、Xは後の事件である解雇に関わってよいのでしょうか。
弁護士法25条及び弁護士職務基本規程27条、28条には、職務を行い得ない事件が記載されています。いわゆる「利益相反」に関する規制です。
弁護士法25条1項は「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」を受任することを禁じています。
今回の事例で見ると、X弁護士は、①A社の顧問弁護士②Cの弁護人の順番で受任をしていますので、後から出てくるのはCの事件です。しかし、Cを解雇するかどうかという問題は、X弁護士がCの弁護人になってから生じた問題であると言えます。そうすると、契約の順番とは反対となりますが、「Cの弁護人であったXが、Cの解雇について助言できるか」という問題が設定されることになります。
Cの解雇に関する問題の「相手方」は、Cを指しています。ただ、解雇という労働問題と、刑事事件は全く異なる手続きですので、一見すると受任可能なように見えます。しかし、過去の日弁連の決定の中には、事件の同一性は、単なる訴訟物の同一等のみで判断するのではなく、実施的な判断するべきであることが指摘されています。
Cの刑事事件もCの解雇も、いずれもCが盗撮をしたことに端を発しています。そうすると、事実上事件は同一であるといえ、Cの弁護人であったXは、Cの解雇に関する事件について関与しない方が適切であると考えられます。