【事例】
X弁護士は、Aから建物収去土地明け渡し訴訟の依頼を受け、Bを被告として訴訟提起をした。
第1回口頭弁論前に、Bには代理人としてYが選任され、Yから答弁書が提出された。
弁論準備手続が何回か経過した後、裁判所から和解の話を持ち掛けられ、当事者双方が持ち帰り検討することになった。
ある日、Xの事務所にBから連絡があり、Bは以下のようなことを述べた。
「裁判所から出された和解案なのですが、もう少し金額を上乗せしてもらえないでしょうか。そうすれば応じることも考えたいと思っています。また、明け渡しの期限も少しだけ猶予をください。もし、先生の方でお考えいただけるようであれば、その結果を私の方に連絡してください。Y先生に連絡しても、どうせ私のところに連絡が来て、判断するのは私ですので、それなら直接電話をください」
X弁護士は、Bのいうように電話してよいのでしょうか。
【解説】
弁護士職務基本規程52条は「弁護士は、相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。」と定めています。
今回のYが「法令上資格を有する代理人」であることは争いありませんので、問題はしてはいけないと定められている相手方との「交渉」の範囲が問題となります。
交渉を辞書的に考えると、「話し合うこと」「かけあうこと」という意味になります。そのため、言わゆる示談交渉などを行うことは当然許されませんし、和解交渉を行うことも許されません。また、交渉の方法も限定されていませんので、対面で面会する以外にも、電話やメール、郵便物を送ることも許されません。
反対に、時効の援用や解除の意思表示というような、一方的な通知であれば、差し支えないと考えられます。それでも、相手方に対して何か応答を求めるような文言を記載することは、直接交渉になりかねませんので、差し控えるべきであると言えます。
それでは事案について検討をします。
まず、XはBから電話があり、その話を聞いています。これ自体は、かかってきてしまった以上、やむを得ないところです。もちろんXとしては、話の内容が和解条項に及びそうになった段階で「そういう話は代理人のY先生を通して伝えてください」という風に対応する方が望ましいように思われますが、話を聞く(ただし、それについて何も弁護士側から応答しない)だけであれば、弁護士が交渉をしているわけではないので、規程には該当しないように思われます。ただし、できれば「私の方から、Y先生にこのようなお電話があったことはお伝えしてよいでしょうか」と尋ね、Y弁護士に連絡をしておいた方がよいと思われます。反対に、ここでYへの連絡を拒絶するような場合には、YとBの間で問題が生じている可能性が高く、今後の対応方法についてより一層慎重になる必要があります。
次に、XがBに返事の連絡をする行為ですが、これは仮に「そのままお受けします」であったり、「お断りします」というような一方的な通知であったとしてもするべきではありません。和解の交渉ですから、さらなる提案がある可能性は十分ありますし、仮に受けるにしても場所や受け渡し方法の調整など、他に交渉すべき事項は残っています。ですので、相手方当事者への直接の連絡は、代理人がいる場合にはするべきではありません。