【事例】
X弁護士は、Aさんの被疑者国選弁護人に選任されました。Aさんの留置されているB警察署は、X弁護士の事務所からも相当遠く、不便なところにありました。
Aさんは窃盗で逮捕・勾留されていたため、示談をする必要性があると考えたX弁護士は、示談金の用意をAさんに依頼しました。
最終的には示談が成立し、Aさんは不起訴により釈放されることとなりました。
このとき・・・
⑴示談金としてAさんの家族から現金を預かった。これは預かって問題ないだろうか。
⑵遠くのB警察署へ接見に行くことを不憫に思ったAさんの家族が、「どうせ私たちもAの接見に行きますので、一緒に車で送ってあげますよ」と提案してきた。X弁護士は車に乗っても問題ないだろうか。
⑶事例と異なり、仮にAさんが起訴されたとして、公判請求証拠の一部をコピーし、これをAさんに差し入れた。公判請求証拠のコピー代をAさんに請求することは問題ないだろうか。
【解説】
弁護士職務基本規程49条第1項は、「弁護士は、国選弁護人に選任された事件について、名目のいかんを問わず、被告人その他の関係者から報酬その他の対価を受領してはならない。」としています。
国選弁護人への報酬は法テラスを経由して国庫から支払われているので、この報酬以外を弁護士が受領することは国選弁護人の職務の公正さを疑わせ、ひいては国選弁護制度の公正さを害すると考えられています(「解説 弁護士職務基本規程第3版」142頁)。
そのため、国選弁護人は「対価の受領」を禁止されているのですが、反対に「対価」でなければ受領してよいようにも思えます。
⑴の事例は、あくまでも示談金としてお金を預かったのみです。これは私選や国選を問わず弁護士の手元に残るお金ではなく、最終的には被害者に支払われるお金ですから、これは当然「対価」には当たりません。ただ、端数などで余りが出た場合には、その余りを受領することは当然禁止されますので、返金をしなければなりません。
⑵は、車での移動という便益です。受領を禁止されているものは「対価」ですので、現金や有価証券などの金銭的な価値のあるものだけではなく、利益のようなものも含まれます。
問題は「名目のいかんを問わず(中略)報酬その他の対価」の受領を禁じていることをどのように解釈するかというところにあります。弁護活動の「対価」を受領することが問題となる場合、対価とはならない「実費」部分をどのように考えるかという問題が生じます。「名目のいかんを問わず」ということを強調するとたとえ実費であっても受領することが禁じられるという方向に解釈することとなります。反対に「報酬」が問題であると考えた場合、実費部分は受領することも許容されるという理解もあり得るところです。
⑵については、交通費相当額部分が問題となります。接見を行うと日当が法テラスから支払われますが、遠距離であるという事情がなければ、交通費という名目は別に支払われません。ただ、交通費込みで支払われていると考えると、既に法テラスから交通費部分の支払いを受けていることになりますから、重ねて交通費部分を関係者から受領することは問題となります。国選弁護士の報酬についてのQ&Aを見ると「算定基準では、近距離の交通費については基礎報酬で賄うことを前提」とすると記載されていますので、交通費部分も受領しているという考え方になるのではないかと思われます。ですので、⑵は断ることが適切であると考えられます。
対して⑶は、現在の国選弁護人の報酬体系の中では支払われない費用についての項目です。これについて実費相当額を受け取るべきかどうかが問題となりますが、厳しい考え方をとると、このような費用も受領することは禁じられるということになります。ただ、反対に弁護活動の充実ということであれば公判請求証拠を差し入れることは認められるべきでしょうし、この費用を受け取ったからといって弁護士が得をするような事態は生じません。慎重に検討し、金額の多寡なども踏まえ検討することが妥当であろうと思われます。また、事前に単位会の刑事弁護委員会やメーリングリストなどで尋ねるのも一つの手段です。