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【事案の概要】
X医師は、精神科医として、クリニックを開業していた。しかし、X医師が自身の患者である女性ら3名に対し、胸を触るなどのわいせつ行為をしていることが明らかとなり、X医師は第一審の地方裁判所で実刑判決を受けた。しかし、控訴をした結果、X医師には執行猶予が付されることとなり、最終的に執行猶予付きの刑が確定した。
刑が確定したことから、A県の担当者に調査が行われ、医道審議会に意見書が提出された。同意見書には「X医師は、被害者に対して高額な慰謝料を支払い示談も成立しており、その他贖罪寄付もしている。また、今後も医師として患者のために誠心誠意尽くしたいと考えている」との理由から「X医師は、事件後誠意を尽くして対応しているものと認められます」との意見が述べられた。この意味について、担当したA県によれば、医業停止処分に留める意味合いも含めての意見ではあるが、免許取消処分を望まないという意見までは含まれていなかった。
このような状況で、厚生労働大臣は、Xの免許を取り消したため、Xが裁判所に訴えを提起した。
(名古屋地裁平成20年2月28日判決の事案を若干改変したもの)。
【解説】
これから数回にわたり、この事案を元にして、医師免許に対する行政処分の流れや、これに対する争い方を見ていきたいと思います。全体の流れは以下の通りです
・事件から免許取消処分まで(今回)
・裁判所への訴訟提起
・裁判所の判断方法、争い方
・判決後
まずは処分が出るまでの流れを確認したいと思います。
1 どのようにして厚生労働省は事件を知るのか
今回のX医師の場合、刑事事件で有罪判決を受け、その刑が確定しました。
医師法7条1項、4条3号(以下、医師法は法令名を省略します)によれば、「罰金以上の刑に処せられた者」については、行政処分の対象となることがあります。
しかし、そもそも厚生労働大臣(厚生労働省)は、医師が罰金以上の刑を受けたかどうかをどのように知るのでしょうか。
これについては厚生労働省のホームページに記載があります(https://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/02/h0224-1.html)。
これによると、厚生労働省は、刑事事件の手続きを行う検察庁に対し、医師や歯科医師が罰金以上の刑が含まれる事件で起訴(公判請求と略式命令請求は両方「起訴」を意味します)した場合、起訴状の内容である事件の概要や、裁判の結果の提供を求めています。
医師や歯科医師である以上、自身の職業が捜査機関に発覚しないということは考え難く、起訴されてしまうと、道路交通法違反事件のスピード違反のような軽微なもの以外は全て厚生労働省に伝わり、手続きが開始されてしまうことになります。
それ以外にも、医師が逮捕されたような場合には報道がなされる可能性が極めて高いと言えますから、このような報道も情報源にしているものと思われます。
2 手続の開始
事件が厚生労働省の知るところとなると、手続きが開始されます。
最終的には厚生労働大臣が処分を行い(7条1項柱書)、処分をするにあたっては医道審議会の意見を聞くこととなっています(7条3項)。
とはいえ、医道審議会は東京に存在する会議体であり、個々の医師への聞き取りを行うとなると大変です。そのため、7条4項で、都道府県知事に対して意見の聴取を行うこととしており、その意見聴取をもって厚生労働大臣の聴聞に代えることとされています。
そのため、医師に対して実際の聞き取りを行うのは都道府県知事であり、しかも実際には知事が聞き取るのではなく、都道府県で医師の免許を管理する部局(医療、健康等の文言が入っている局)の担当者による聞き取りが行われます。
この聴き取りが行われた後、担当者が庁内での決済をとって、意見書を医道審議会に提出をするという流れになります。
3 聴取手続き
この都道府県の担当者による聞き取りには、行政手続法3章第2節の規定の適用があります(7条5項)。
行政手続法3章第2節には、不利益な処分を科す場合の聴聞の方法についてのルールが定められています。
具体的には、①代理人を選任できること(行政手続法16条)②行政庁が保管する資料の閲覧ができること(同18条)③処分対象者が陳述書や証拠を提出できること(同21条)④聴聞期日が開かれた場合には調書や報告書が作成されること(同24条)などのルールが定められています。
ここで行政庁が考えている処分のポイントを探るためには、資料の閲覧等を行い、問題になりそうなところを予め把握することが重要です。
4 医道審議会
意見書が提出されると、医道審議会で議決がなされ、実質的にはその結論に従って厚生労働大臣が処分をするということになります。
医師が行政処分を受ける前には、都道府県担当部局からの聞き取りが必ず先行します。最終的に訴訟を行うにしても、この段階でどのようなポイントが問題となるのかを把握しておく必要性が高いと言えます。最終的な局面に備え、早くから代理人を選任し、手続きを行っていくことが重要です。