【事例】
X弁護士は、Aさんから、貸金返還請求訴訟を起こされたとの相談を受けました。
Aさんが持ってきた訴状や証拠書類を見ると、Aさんが金銭を借りたことは比較的明らかなようでした。また、Aさんに尋ねると、現金を借りたことは事実であり、現在まで返金していないと述べました。
このような事案であったため、X弁護士は、Aさんに対して、「この事件は、争うと負けてしまう可能性が高いので、分割払いの合意などができないか和解を目指していくのがよいのではないか」と述べ、この説明に納得したAさんと委任契約を締結しました。
期日が進み、相手方の訴訟追行態度に納得ができなくなったAさんは、突如否認をしたいと言い出しました。しかし、既に自白している事実も多く、X弁護士が難しい旨を述べると、突如としてX弁護士を解任し、弁護士費用の支払いも未払いのままに音信不通となってしまいました。
このときX弁護士はどのように対応すればよいでしょうか。
【解説】
弁護士と依頼者の信頼関係が破綻し、途中で委任契約を終了させるということ自体はそう珍しくありません。仮に終了させるにしても、金銭関係をきれいに清算し、後々問題が生じない形で終了できていれば、悩みも少ないと思われます。
しかし、事例のように、突如解任され、報酬も未払いであった場合、弁護士としてどのように対応するべきか苦慮することになります。
ここで、報酬未払いを理由として民事訴訟(調停も含みます)を起こした場合、どのような問題が生じるか考えてみましょう。
通常、弁護士が委任契約を締結している以上、相手方の氏名や住所、電話番号といった基本的な個人情報は知っていると思われます。そのため、郵便を発送したり、訴状を作成することについては困難はないと思われます。
ただ、訴状を作成すると、委任契約書を証拠として提出する必要があることは当然のこと、受任していた事件の推移や、解任されるに至った経緯など、「職務上知り得た秘密」(弁護士法23条)を書面に記載することになる可能性は高いと思われます。また、民事事件の記録はだれでも閲覧可能ですので、記録を閲覧した第三者に、元々の受任事件の内容を知られることになります。
そのため、弁護士が元依頼者を訴えるということは、仮に報酬請求訴訟であったとしても、守秘義務の観点からそう簡単に肯定されるものではありません。
このような観点から、各弁護士会には紛議調停委員会などの、依頼者との紛争を解決する機関が設置されています。弁護士職務基本規程26条では「弁護士は(中略)紛議が生じたときは、所属弁護士会の紛議調停で解決するように努める。」とされており、紛議調停委員会の利用を促しています。こちらであれば、非公開であることや、開示する相手も弁護士であることなどから、守秘義務違反の問題は少ないものと思われます。