【裁判例紹介】医師免許に対する取消処分の考慮要素(東京地判平成27年3月27日判決)

【事案の概要】

 医師であるXは、不正に作成した診療報酬明細書を提出して診療報酬を詐取したとして、詐欺の罪で起訴されました。

 Xはこれを争ったものの、裁判所は有罪の判決を言い渡し、この有罪判決について厚生労働省に情報提供がなされ、医師免許が取り消されました。

 この取消処分について、取り消しを求めてXが訴えを起こしたのが本事案です。

【裁判所の判断】

1 裁量審査について

 医師法7条2項は,医師が「罰金以上の刑に処せられた者」(同法4条3号)に該当するときは,厚生労働大臣は,その免許を取消し,又は一定の期間を定めて医業の停止を命ずることができる旨定めているところ,この規定は,医師が同法4条3号の規定に該当することから,医師として品位を欠き人格的に適格性を有しないものと認められる場合には医師の資格を剥奪し,そうまでいえないとしても,医師としての品位を損ない,あるいは医師の職業倫理に違背したものと認められる場合には一定期間医業の停止を命じ反省を促すべきものとし,これによって医療等の業務が適正に行われることを期するものであると解される。

 したがって,医師が医師法4条3号の規定に該当する場合に,医師免許を取り消し,又は医業の停止を命ずるかどうか,医業の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該医師の性格,処分歴,反省の程度等の諸般の事情を考慮し,同法7条2項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は,同条4項の規定に基づき医道審議会の意見を聴く前提のもとで,医師免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

 そうすると,厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした医師免許を取り消す処分は,それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである(最高裁判所昭和61年(行ツ)第90号同63年7月1日第二小法廷判決・裁判集民事154号261頁参照)。

2 裁量の逸脱濫用があるか

 本件において,原告は,診療報酬の不正請求に係る詐欺で実刑判決を受け,前記認定事実(9)で見たとおり,判決において,犯行動機,常習性,被害額,医師に対する信用や医療保険制度に対する国民の信頼に与えた影響,反省の態度が見られないこと等を指摘され,刑事責任を軽くみることはできないと厳しい評価を受けていた(本件の証拠によれば,この評価を改めるべき事情があるとはいえない。)のであるから,医道審議会医道分科会が,原告に対する処分として医師免許取消しが相当である旨答申したことは,上記考え方に照らしても不合理とはいえないところである。

【解説】

 医師免許に対する処分は医師法7条に定めがありますが、たとえ罰金以上の刑を受けたとしても、処分をすることが「できる」と定められているにすぎません。つまり、たとえ実刑の判決を受けたとしても、それだけで直ちに医師免許が取り消されるとは限らないということになります。これに対し、弁護士法17条は「日本弁護士連合会は、次に掲げる場合においては、弁護士名簿の登録を取り消さなければならない。」としており、一定の事由があれば必ず登録が取り消されることになっています。

 このように、処分をするかどうかについて行政庁に判断がゆだねられているようなものを、「裁量処分」と呼んでいます。

 裁量処分については、行政事件訴訟法30条により、裁量権行使に逸脱・濫用があった場合のみ取消されることになっていますので、上記の裁判例のような判決文になります。

 その上で、裁量権の逸脱濫用になるかどうかを、上記の裁判例では「当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該医師の性格,処分歴,反省の程度等」といった要素から検討するとしています。この考慮要素は、条文ではありませんし、あくまでも東京地方裁判所の一裁判部が示した判断ですから、後の裁判で拘束されるようなものではありません。ただ、一般的なことを言っている部分ではありますし、内容自体も穏当なことを述べているだけですから、後に裁判を起こす場合などは、この部分に沿って事実を主張していくことが効果的であろうと思われます。

 今回の事案は、診療報酬の詐取によって実刑判決を受けたことが取消しの原因でした。同じ詐欺でも、診療報酬の詐取は他のものよりも重く判断される傾向にありますので、実刑判決でなかったとしても免許取消になる可能性があります。そのため、早期の被害弁償等をして、できる限り刑事罰を回避できないかを検討することが医師免許を守るための最優先となります。

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