【事例】
X弁護士は、不同意わいせつの被害者であるAから事件の依頼を受け、加害者であるB(及びBの代理人弁護士)との示談交渉を行いました。
Aが被害に遭った内容は、いわゆる電車内の痴漢であり、時間にして10秒程度度の臀部を服の上から触られるというものでした。
XとAが事前に打ち合わせをしている際、Aからこのようなことを言われました。
「先生、加害者にはできる限り苦しんでほしいと思います。示談金はできる限り多く支払って欲しいと思うのですが、たとえば3000万円と提示してもらえないでしょうか」
さて、Xはどのように対応すべきでしょうか。
【解説】
今回は示談交渉の場面です。
示談である以上、双方が合意すればどのような合意内容でも問題ないようにも思われます。ただ、あまりにも暴利である、公序良俗に反するといった場合には、示談も契約である以上民法90条により無効となるおそれがあります。
その前段階として、示談交渉で相手に持ち掛ける金額というのは、いくらでも良いものなのでしょうか。
弁護士職務基本規程21条では、「弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。」とされています。ここでは依頼者についても「正当な」利益を追求することが述べられており、単に「依頼者の利益」を追及するわけではないとされています。
弁護士は依頼者の利益を実現するように活動するものの、依頼者から独立した立場を保持する(規程20条)必要もあるため、何でも依頼者の言うとおりに動いていれば問題ないということにはなりません。
そこで本事例ですが、Aが被害を受けた不同意わいせつの慰謝料の金額は、おそらく100万円前後になることが予想されます。もちろんAの年齢(学生などであれば増額要素になり得ます)や回数(これまでにもBから同様の事をされているのであれば増額要素になり得ます)によってはこれを上回る金額となることは考えれます。また、今回の事件をきっかけに、Aが同じ電車に乗ることに心理的抵抗感を覚え、転居をしたような場合であれば、転居費用などが賠償の対象となる可能性もあります。
とはいえ、損害賠償額総額が3000万円となる可能性があるかというと、仮に民事訴訟を提起したとしても認容される可能性は無いに等しい金額だと言えます。
そのため、Aの言う通り3000万円で示談交渉を開始することは、基本規程21条との関係で問題となる可能性があります。ただし、この「正当」の線引きは極めて微妙なところでもあるので、問題であることが明白な場合(過去の例としては、同じ事件で慰謝料を同一人物から2回受領したなど)を除いては事件化しにくい累計ではないかと思われます。