【事例】
X弁護士は、Aから依頼を受けた相続をめぐる事件に関し、調停を申し立てるために他の相続人Bの住民票を職務上請求用紙を用いて取得した。
そのことをXがAに言うと、Aは「長らく音信不通だったBがどこに住んでいるのか知りたいので、先生その住民票もらえませんか?」と依頼してきた。
XはAに住民票を交付してよいのだろうか。
【解説】
1 規則について
弁護士が、弁護士である地位に基づいて住民票等を取得できるのは、戸籍法や住民基本台帳法にその定めが存在するからです。
ただ、実際に弁護士が住民票等を職務上請求する際には、日弁連が定める規則等に従う必要があります。
日弁連では「戸籍謄本等請求用紙の使用及び管理に関する規則」を定めています。それ以外に、単位会でも実際の購入方法などを定めた規則が定められている例が多いものと思われます。
ただ、これらの規則でも、おそらくは取得した戸籍謄本や住民票についてどのような取扱いをするかについては定めがないものと思われます。
2 守秘義務
戸籍や住民票の記載事項は、本来であれば記載されている者や直系親族などでなければ見ることができないものです。
そうすると、これらの記載内容を第三者に漏らすことは、弁護士の「守秘義務」の関係で問題があるのではないかという問題が生じます。
弁護士法23条では、「弁護士(中略)は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。」とされており、弁護士職務基本規程23条でも「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」とされています。
特に弁護士職務基本規程では「依頼者について」という文言がある関係で、弁護士法23条の主義ヒムについても、今回のBのような「第三者」については守秘義務の対象外ではないのではないかとの解釈も成り立ちうるところです。しかし、日弁連綱紀委員会では「守秘義務の対象・範囲は、依頼者はもとより第三者の秘密やプライバシーにも及ぶことでは当然とされている」と判断しており、第三者の秘密も守秘義務の対象であると考えられています。
今回のBの住民票についても、通常であれば他人が見られるようなものではないため、秘密に該当します。そのため、職務上請求で取得したBの住民票をAに交付することは守秘義務違反に該当する可能性があります。特に、B以外の家族の名前などが同じ住民票に記載されている場合、違反となる可能性は一層高まります。
もっとも、調停申立書には当然Bの住所を記載します。そのため、調停申立書の写し等をBに交付すると、Bの住所をAに知られることになります。このことの是非も当然問題となります。
これまでのAの言動などからして、仮にBの住所を教えてしまうと、Aが直接押しかけたり郵便を送るなどして問題が生じる可能性があると感じられるのであれば、住所をマスキングするなどして交付したほうが安全であると言えます。
少なくとも、今回のケースで取得した住民票そのものを交付することは極めて危険であり、差し控えるべきであると言えます。