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全体の制度枠組み・処分の選択肢
まず、前提となる法制度と処分類型、処分対象事由について整理します。
法制度・処分の根拠
- 医師法第7条に、医師に対して行政処分をすることができる旨が定められています。
- 行政処分を行うにあたっては、あらかじめ医道審議会の意見を聴くことが義務づけられており、実務上、審議会(医道分科会)が答申を行った上で厚生労働大臣が処分を決定する形をとっています。
- 行政処分の種類は、(軽い順に)戒告 → 医業停止(3年以内) → 免許取消 の3段階が定められています。
- 処分対象行為(処分事由)は、医師法および医師法の関連条項から次の5類型が想定されます:
1. 心身の障害
2. 麻薬・大麻・あへんなど中毒者であること
3. 罰金以上の刑を受けた者
4. 医事に関し犯罪又は不正の行為をした者
5. 医師としての品位を損なうような行為をした者 - 実務上、最も多く問題となるのは「罰金以上の刑の確定」と「医事に関わる犯罪・不正行為」です。
- 免許取消の後でも、ある条件下で再免許(再交付)申請が可能とされています(ただし許可は裁量的)
罪名・犯罪類型ごとの処分の傾向と留意点
以下に、代表的な犯罪類型を挙げ、それぞれにおいて過去の処分例や傾向・判断要素を示します。
犯罪類型 | 刑事処分の例 | 行政処分の傾向 / 判断要素 | 注意点・事例 |
---|---|---|---|
業務上過失致死傷(医療事故型) | 過失致死・過失傷害で罰金・科料・執行猶予付き判決 | 比較的軽視されやすく、医業停止が選ばれることが多い。ただし被害の重大さ、過失の程度、再発防止措置などが重視される。 | 50~100万円程度の罰金刑になるケースでも、医業停止や戒告が科される可能性があるとされる。 |
詐欺・背任・横領など経済犯罪 | 詐欺罪、有印私文書偽造・同行使、業務上横領など | 医業停止または免許取消の可能性が高い。特に診療報酬の不正請求は医事に関する不正行為と位置づけられ、重く扱われる。 | 過去に診療報酬不正請求で免許取消となったものがある。 |
薬物犯罪(覚せい剤・麻薬など) | 覚せい剤取締法違反、麻薬法違反など | 非常に重く処理される傾向。免許取消または長期医業停止が選ばれる可能性が高い。 | 過去事例でも、医業停止2〜3年、取消処分例の報道あり。 |
性犯罪・わいせつ行為 | 強制わいせつ、準強制わいせつ、性交同意年齢違反等 | 医師としての品位・信頼性に直結するため、免許取消になる可能性が高い。ただし事実関係、刑罰の重さ、示談・反省の度合いなどが判断に影響する。 | |
交通事故・道路交通法違反 | 過失運転致死傷、危険運転、無免許運転など | 比較的軽い処分が選ばれることも多く、戒告や医業停止(数月~1年程度) という選択肢が多く採られる。 | |
名誉毀損・侮辱・軽犯罪 | 名誉毀損罪、侮辱罪、公然わいせつ等 | 軽微な処分(戒告、短期間の医業停止)が選ばれる可能性がある。 | |
無罪・不起訴・起訴猶予の場合 | 刑罰が確定しない | 処分が回避される可能性が高い。ただし、刑事処分確定に至らなくても、医道審議会が「医事に関する不正・品位を損する行為」ありと判断すれば、戒告など軽度処分を科す可能性がある。 |
判断要素・処分を左右する事情
上記の表だけでは処分を予測するには不十分であり、実際には以下のような要素が処分の重軽を決めるうえで重要になります。
- 刑事処分(量刑・刑の種類・猶予・執行猶予)
罰金のみか拘禁刑か、実刑か猶予付きか、といった点は重視される。行政処分は、刑事判決を基本的な判断基準とする傾向が強いといえます。 - 罪責・悪質性・故意性/過失性
故意・反復性があるもの、被害が広範または重大なものは重く処断されやすい。 - 被害の実情・被害者の存在・被害回復の有無
被害者がいる場合、示談成立・賠償の有無・被害回復措置などが情状として考慮される。 - 反省・更生可能性
事後対応、謝罪、信頼回復の取り組み、再発防止策なども考慮され得る。 - 職務関連性
医師としての権限・信頼を悪用した犯罪(たとえば診療場面での性的暴行、無免許医療行為、薬物投与など)は特に重く判断される。 - 前科・再犯性
過去に行政処分歴があるか、再犯の可能性が高いか、なども考慮される。 - 社会的影響・報道状況
社会的な波紋や被害者・市民からの批判・信頼への影響なども、処分判断に間接的に影響を与える可能性がある。
免許取消後の再免許(再交付)制度
免許取消になれば医師としての活動は停止しますが、必ずしも「永久に資格を失う」というわけではなく、一定条件の下で再免許申請が可能とされています。
- 医師法第7条2項および歯科医師法に、取消の理由となった事項に該当しなくなったとき、かつその他の事情が整えば再免許を与えることができる旨の規定がある。
- 再免許を許すかどうかは、処分庁(厚生労働大臣側)に広い裁量があるとされています。
まとめ・留意点
- 医師が犯罪をした場合、その処分は刑事手続とは別個の行政手続で判断され、医道審議会の答申を経て厚生労働大臣が処分を下すのが標準的な流れです。
- 罪名ごとの「決まった処分」は存在せず、刑事処分・罪状・被害状況・医師としての職務関連性・反省等の情状を総合的に勘案して判断されます。
- 性犯罪や薬物犯罪、診療報酬詐欺など、医師の社会的地位や医療制度そのものへの影響が大きい犯罪は、重い処分(免許取消)になる可能性が高い傾向があります。
- 不起訴・無罪・起訴猶予などで刑事処分が確定しない場合も、行政処分を回避できる可能性は高くなりますが、必ず予防できるわけではありません(特に「品位を損なう行為」の判断余地があります)。
- 免許取消後でも再免許申請の道は開かれており、一定の要件と待機期間(5年など)を満たせば、再交付が認められる可能性があります。